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Sunday recap #87: 長めのハイライト (2023/8/13)

出張につき、先週はお休み。ハイライトを2点挙げると:

・子どもが風邪を引く
日曜の夜中に発熱。咳き込んだ勢いで嘔吐するので、それから落ち着いて眠れない日々が続いた。結局保育園に戻ったのは木曜日。これが出張前でパートナーと交代しながら看病できたのは良かった。ただ、労働時間は削られるが仕事量は減らないので、遂に移動時間にもPCを開いてひたすら作業。そのためにPCのスクリーンフィルターを買った。

・横浜川崎国際港湾(YKIP)主催の集貨説明会で講演
表に出ていないので、講演内容は別途エントリーにまとめる予定。業界紙では本筋ではない発言のほんの一部だけ切り取られて報じられた。誤解がひとり歩きしても面倒なので、これからは自分のメディアで発信していかねば。

今回の自己採点は70点くらい。第2部のネットワーキングの機会にフィードバックをいただいたなかでは、論理展開の分かりやすさやストーリーの新しさについて評価するコメントがあり、デリバリーそのものは良かったと思う。別の機会でも話をして欲しいとも言っていただいた。

ただ同時に、”で、結局マースクは茨城港に母船を入れるの?”という、発表内容を無視した質問もあった。前述の業界紙の切り抜きも然り。そこからの教訓は、「予定調和」から逸するときには、冒頭に余分な時間を使ってでもオーディエンスの期待値をコントロールしておくこと。

こうした集貨説明会では、自社サービスの説明や対象の港の利用促進への取り組みを発表するのが「普通」だ。ただ、主催者からの”茨城港の利用促進についてアピールしたい”という要請について真面目に考えれば考えるほど、「いまマースクが何をしているか」の説明は、論点にまっすぐに答えるものではないという考えが捨てきれなかった。自分だったら調べたら分かることは聴きたくないし。

そこで、茨城港の現状を直視しつつ、「どう利用促進するか」ではなく「どう伸びていきたいか」という絵姿を「再定義」する必要性や、その成長ポテンシャルとして「地の利」を最大限に活かす方策案、そして戦略実装に重要なメンタリティとして「原点回帰」の話をした。もちろん事前に主催者の同意は得たけれど、マースクの話も横浜港の話も一切しなかった。

人前で話すことは得意でも好きでもないので、こうした機会はなるべく避けていきたいのだけど、やると決めたからには論点に答えるデリバリーをしたい。予定調和を期待されると少し困るのだけど。

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そして今週は、コペンハーゲンとロッテルダム/ハーグに出張。いずれも滞在時間は24時間以下。コペンハーゲンにはコロナ前まではなんだかんだ年に1度は行っていたけれど、今回は3年振り。

やはり本社には定期的に顔を出しておくべきだなと実感。そこにいる人種も思考も多様なので、話していて新鮮でいつも気づきがあり、「このままではいけない」とネジを巻かれる気持ちになる。各部門のトップ層と仕事以外の会話ができるというのも、モチベーションを上げてくれる要素だろう。これまではいつも、”ここで働くことはないな”と直感が告げていたけれど、今回は違った。なんとなく、その日は近いのかもしれない。

コペンハーゲンの街並み。久々の快晴らしく、日向ぼっこする人々で街はごった返していた。

月曜日の朝、子どもを保育園に預けてから羽田へ。コペンへの直行便が戻ってきて良かった。昨年の2・24以前は11時間で行けたのだけど、14時間のフライトは身体に堪えた。

フライトでは長く眠れない性質なので、そのうち12時間は活動していた。作業や考え事、読書や他の読み物を何巡しても時間があまりにも長く、とうとう観たくもない映画「ハングオーバー1・2」を食事の時間に合わせてイッキ見した。まだまだ賢い時間の使い方はあるはず。

コペン到着が遅れたせいで、60分に短縮された会食を終え、部屋に戻るや否や最低限の寝支度をしてから睡眠を確保する。翌日3時には目が覚めたので、朝食が始まる7時半までひたすら作業。朝食は15分で済ませ、その日最初の打合せ場所に向けて出発。8時半から16時半まで(ランチミーティングを含め)ぶっ通しでミーティングが続いた。

その後、北東アジア地区出身の仲間や現地採用の日本人の同僚たちとのディナーに15分だけ顔を出してから空港へ移動。アムステルダムへのフライトで1日の振り返りを一気に行う。到着してからロッテルダムへ移動して、ホテルにチェックインしたのが22時過ぎ。急いで寝支度して睡眠をできるだけ確保。

翌日も3時起き。6時半の朝食までひたすら作業。めちゃくちゃ捗る。関係者と打合せをしながら朝食を済ませて、部屋に戻り再び作業。8時過ぎにロッテルダムの目当ての場所へ出発。

ロッテルダム港 マースフラクテIIを後にする車内から

現場視察と打合せをした後は、45分程度のランチミーティングを済ませて、日本人駐在がいるロッテルダムの事務所へ立ち寄った。そこの滞在も20分ほど。駅まで案内してもらい、電車でハーグへ移動。祖父と孫だろうか、背景を知る由もないが、ベビーカーに乗る子を甲斐甲斐しく世話をしている老人の姿になごむ。

ロッテルダム事務所前
ハーグ行きの列車

ハーグでは、第1次・第2次組織変革プロジェクトで共に働いた同僚と落ち合う予定だったけれど、結局タイミングが合わずに断念。ターミナル事業の本社に立ち寄り、全工程終了。ハーグには1時間程滞在して、アムステルダムへ。

APMターミナルズ本社 入り口が分かりづらい

帰りのフライトはパリ経由。2時間のトランジットだったけれど、アムス発が40分も遅れ、ひやひやした。イミグレは一瞬だったけれど移動距離がやたら長いので、搭乗開始時間10分前にゲート前に無事到着。帰りのフライトは消灯されるまでは作業して過ごし、残りは音楽を聴きながら溜まっていたThe Economistの記事を読んだり考え事をしたりして過ごした。

行きのSASと違い、帰りのAFは機内エンターテイメントが充実していて、そのジャズコレクションには助けられた。Nat King Cole, Charlie Parker, Miles Davis, John Coltrane, Chet Baker, Herbie Hancock, Norah Jonesなどを延々と流し、1930年代から2000年代までの時間旅行にたっぷり浸ることができた。

日本時間の19時前に到着。ダッシュでPCR検査に向かい、結果は陰性。無事帰宅を許された。行き来のフライトだけで28時間はかかるので、現地で詰めに詰め込んだスケジュールを組んでも、月曜日の朝に出発し、家に戻ったのは木曜日の22時前。コスパを出すにはなかなか苦労する。その間、ワンオペをしてくれたパートナーにはただただ感謝。


来週も詰めに詰め込んでいる。がんばろう。

最後まで時間を使ってお読みいただき有難うございます。投稿内容が少しでも何かの足しになっていたら嬉しいです。時節柄、どうぞご自愛ください。