「花屋日記」28. なにもない日なんて、ない。

 午後、カウンターに作りかけのアレンジメントを置いたまま、他のお客様の対応をしていた。すると一人の老紳士が現れて、その場でじっと待っておられた。
「お待たせしてすみません、お伺いいたしましょうか?」
と、接客を終えてすぐにお声がけすると
「結婚記念日なんだけどね、今日。花を買って帰ろうと思ったら、それがとても素敵だったから…」
と言ってそのアレンジメントを指差された。
「こちらですか。ありがとうございます。『ドラマティックレイン』というバラを使ったものです。すぐに仕上げますから、もう少々待っていただけますか?」
そう言うと、彼はにこりとして頷いた。
「きれいだね、それを持って帰りたい」

 急いでラッピングしながら、私は老紳士にお尋ねした。
「何度目の記念日なんですか?」
「41回目。神戸祭の日なんだよ」
「ああ!そう言えば昨日はパレードでしたね。良い日にご結婚なさいましたね」
「いやぁ、逆だよ。交通が止まるから招待客は会場のホテルまで辿りつけなくて。親戚一同から文句を言われてしまってね」
「そうなんですか。でも忘れられない一日になりましたね。毎年奥様にお花を贈っておられるんですか?」
「たまにね。神戸にまた引越しして戻ってきたばかりだから、こんなところに花屋があるなんて知らなかったな」
「ええ、うちはまだ3年目なんです」
「そうか、いいところだな」
老紳士は想いを巡らせるかのように、店の外に視線をうつした。

 41年前の神戸を私は知らない。私が生まれてもいない頃に結ばれた二人が、少しもその愛が色褪せることなく41回目の結婚記念日を迎えようとしている。なんて素敵なことだろうか。

 私はフランボワーズ色のリボンでそのアレンジメントを包んだ。
「こちらでよろしいですか?」
老紳士は「ありがとう」と微笑むと
「ここは、いいところだね」
と、もう一度おっしゃった。

 誰かの特別な1日に関われるのは素敵なことだ。私にとって平凡な日でも、誰かの誕生日や記念日や命日だったりする。なにもない日なんてこの世にはない。一人で生きていたら一人分の人生しか知ることができないけれど、ここにいればたくさんの人たちの人生と交差することができる。私は花屋として働き始めてから「なにもない日」が1日もなくなった。

 ずっと神戸祭なんて、どうでもいいと思ってた。でもどうでもよくなくなった。
誰かの美しい思い出に関われることが今、なによりも嬉しい。

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切島カイリ

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