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「花屋日記」38.「告白男子」来たる。

 若い男性がブーケを求めて、連日うちの店に通ってこられていた。大学生だろうか、サンプル写真の載ったアルバムを何度も見て、花の入荷日を尋ねられる。そして女性に贈るための花の種類や、花言葉を何度も確認されていた。
 通常、男性はそれほどこだわられないので、ピンク系のラウンドブーケなどにされることが多いけれど、この方は「ちゃんと意味のあるものにしたい」と熱く主張された。
「告白をしたいんです」
 ソフトな佇まいのなか、その言葉は凛と響いた。
 
 まだ付き合っていないお相手に贈る花というのは、実はなにかと難しいオーダーだ。お相手のお好みやライフスタイルが詳しく分からないし、お相手のイメージを特定の花に置き換えられるほど、その方の「色」が定まっていないことも多い。いくつかご提案をしてみたが、決心がつかないらしく「また来ます」と言ってその方は帰っていかれた。

 翌日、私はいくつものバリエーションでサンプルを作成した。ヴィヴィッドピンクでまとめたもの、春らしいレモンイエローで仕上げたもの、存在感あるタンジェリンをアクセントにしたもの。そして「ムーンワルツ」と呼ばれる大輪のダリアを使った、白とベビーピンクのミニブーケも最後に作った。
 翌日、「告白男子」がご来店されてそれを見つけると
「あれがいいです、あんなイメージです!」
と興奮気味におっしゃった。「ムーンワルツ」で即決だった。
 確かにやわらかな控えめな色合いのブーケは、この方が持つのにぴったりだ。

「花言葉にも、たくさん愛情が詰まってますよ。あれ以上、こめられないぐらい」
私はそう説明した。ダリア(豊かな愛情)、バラ(あなたを愛する)、カーネーション(純粋な愛情)、ビバーナム(誓い)...すべてが愛に関する言葉だ。
「メッセージカードもブーケに添えられますか?」
とお尋ねすると
「じゃあ書きます」
とおっしゃって、店内のテーブルで何度も何度も書き直しをされていた。やがて何枚もの書き損じと共に、最後の一枚を持ってこられた。そこには控えめな、美しい筆記体でこう書いてあった。「Will you be my girl?」

 ブーケの入った紙袋を大切そうに抱えて「告白男子」は帰っていかれた。今から、決戦なのだろう。
 どんな結果になるかは分からない。傷つくこともあるかもしれない。でも客観的に見て、たとえ一方通行でも恋は美しくて、誰かをそれだけ好きになれるなら、それは人生における宝物のような体験なのだと私はあらためて思うのだ。

 私はただの花屋で、彼は毎日100人ほど来られるお客様の中の一人に過ぎない。でも仕事とはいえ、こういう瞬間に立ちあえることをやはりいまだに特別に思う。

「ムーンワルツ」にのせた彼の想いが、どうか彼女に届きますように。

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