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もう会えない君は、まだファッションを愛していますか?-『マックイーン:モードの反逆児』を見る前に-

3年くらい前に書いたものですが、ドキュメンタリー映画『マックイーン:モードの反逆児』が4月5日(金)より公開されるということで、自分でも久しぶりに読み返してみました。

「カイリはどんなデザイナーが好きなの?」
 それは東京コレクションの会期中だった。
タクシーで新宿へ移動している中で、ふと同乗の記者に聞かれた。
「ああ、アレキサンダー・マックイーンとジョン・ガリアーノが一番好きで。もともと舞台芸術のほうに傾倒してたから、シアトリカルなショーをする人が好きだった」
 そう答えながら、このシチュエーションはなんだかデジャ・ヴュだぞ、と思った。

 かつてまったく同じやりとりを、ヒースロー空港からセントラルに移動するまでの乗り合いのタクシーの中で交わした気がする。ずっとずっと前に。自分が留学した第一日目に。そうしたらその相手の男の子は目を丸くしてこう言ったのだ。
「ほんとに⁉︎ 俺もマックイーンとガリアーノに憧れて日本から出てきたんだよ!」
 その偶然がうれしくて、彼とはすぐに仲良くなった。日本を飛び出して一番最初にできたディープなファッション友達だった。

 彼はロンドンのファッションカレッジの留学生で、スタイリストを目指していた。英語はうまくなかったけれど、好みのデザイナーを見つけるとすぐさま
「ハロー、アイ ワナ ワーク ウィズ ユー!(あなたと一緒に働きたい!)」
なんて訴えたりする。そしてその情熱と行動力を買われ、すぐにそのブランドのスタジオで働くことになっていた。その物怖じしない姿勢は、眩しいほどだった。

 そうして2年が経った頃、パリコレのバックステージで日本企業のバイヤーにスカウトされたという彼から「帰国後はその人のもとで働くんだ」と興奮した様子で報告を受けたとき、私はとても嬉しかった。彼が何者かになるであろうことは、最初から想像できたから。

 当時、私はまだファッションライターやらプレスのインターンやらを掛けもちしている、ただの学生だった。自分なりに奮闘していたけれど、まだ将来の道筋は見えていなかったし、彼に比べてずっとくすぶっていた。ほんとうにファッションに関わる仕事なんてできるのかな? と日々不安だったし、そんなふうに悩んでいるのは自分だけなのだと思っていた。

 なにかがおかしい、と気づいたのはその後、しばらく経ってからのことだ。
彼といっしょに出かけるとき、どう考えても会話のテンションがおかしいのだ。おそらく悪い友だちにでも影響を受けたのだろう。

 あるとき、ほんとうに腹が立ったので私は道ばたで立ち止まり、正面から怒鳴りつけた。
「ねえ、あなたがなにをしようと私には関係ないけど、私と会うときぐらいハイになるのはやめてくれない⁉︎ 失礼よ。素面で出直してきて」

 あの時きっと、彼もいろんな不安を抱えていたのだろうと思う。もっと優しくできたらよかったけれど、私たちは喧嘩することしかできなかった。

 その後、彼は現実から逃げるように他の留学生と付き合いはじめ、その子を妊娠させた。
「結婚をすることになった」
と暗い顔で言われたとき、私はどう返事していいのか分からなかった。
「…仕事はどうするの?」
「帰国して、スーパーの品出しと、アパレル会社で生産管理のバイトをするよ」
 あなたの夢はどうなるの? という一言はかろうじてのみこんだ。でも、彼もきっと分かっていたと思う。だって私たちは何年もの間、同じ夢を追いかけてきたのだから。

 大学を卒業して日本に帰国した後、彼とはクリスマスカードを交換するだけの関係になった。しかし私が
「モード誌の採用試験に合格したから、東京に引っ越すよ」
と伝えてからは、返事がこなくなった。

 お互いの職業なんてなんでもいいから、私は友人関係を続けたかった。でもそういうわけにもいかないのだろう。彼はもう私に会いたくないのだ。「道が分かれる」というのはこういうことなのか。彼と一緒にファッションの仕事ができたらどんなにいいだろうとずっと思っていたのに。
 それはとても苦い幕切れだった。彼が今、何をしているのか、私にはもう知るすべもない。あんなに仲が良かったのに。

 なぜなんだろう、あれから私は自分とおなじようなスタンスでファッションを愛する人といまだに出会えていない。誰かがまた偶然居合わせて「俺もだよ!」って隣で言ってくれたらいいのに…そんなことを時々願う。

 ねえ、サラ・バートンをどう思う? マルジェラでガリアーノは完全復活するかな? 今ブリクストンいけてるらしいよ、信じられる? 最近古着はどこで買ってるの?…

 話したいことは、たくさんある。今でも。彼となら、同じ情熱で語り合えると分かっている。

 タクシーの車窓から新宿の高層ビルを眺めながら、そのことを思い出していると
「あなたはサラ・バートンが手がけるマックイーンをどう思うの?」
と横から同乗者に聞かれた。
「美しいけど狂気がない。私はマックイーンが生きていた時代に彼のショーをロンドンで見たけれど、服を見てあんなぞっとしたことはないよ」
「いい体験をしたのね」
「そうだよ。ほんとうにそう思う」
 そう言ってから黙った。言葉にならない思いが私の胸を締めつけた。過去形にしたくない記憶を「思い出」に押し込めた瞬間だった。

 タクシーが目的地に着く。
「行きましょう」と言って私は荷物を引き寄せた。次なる現場に向かって。
 私はまだ一人で、あの夢の続きを追いかけている。

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