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「花屋日記」20. 「いつ結婚するの?」問題。

 今日は、ブライダルブーケをお届けに小さなチャペルを訪れた。ご両親へのブーケもふくめて紙袋3袋分。こういう仕事は最高だ。
 私が勤めている花屋は車での配達を受けていないので、宅配か、歩いていける範囲のロケーションにしかお届けをしない。なのでほとんどの配達先は店舗の近くにあるホールやギャラリー、結婚式場といった場所になる。華やかな場所で気分が盛り上がるのはもちろんのこと、実際に私たちの花がどんな人のもとへ届けられるのか、自分の目で確かめられるのは嬉しいことだった。
 花は見かけによらずとても重く、すぐに紙袋の取っ手がちぎれそうになるが、私はこの配達の仕事がとても好きだった。花嫁のブーケはいつだって、愛と祝福の美しき象徴だ。

 だが、こういう仕事をしていると、どうしても周りから言われてしまうことがある。
「それで、あなた自身はいつ結婚するの?」
...この恐怖の詰問である。30代独身、しかも花屋でバイトの身とあっては、家族も心配なのは分かる。東京時代に付き合っていた相手と別れて以来、私はデートすることさえしていない。そもそも鬱でそれどころではなかった。ある日、私はまた母からこんなことを言われてしまう。
「昨日おばあちゃんから『早くカイリにいい人を見つけてあげないと』って言われたよ」
「う、うん…そういう年齢なのは自分でも分かっているけど…。それでなんて答えたの?」
「『あの子は今やっとやりたいことを実現しようとしているから、もう少し待ってあげてください』って言ったわ」
「えっ」
 その意外な言葉に私は目を丸くした。
「美容院で担当してくれる子があなたによく似てるの。同じくらいの年齢で結婚してなくて、本を読むのが好きで、自分の世界がある。あなたたちが会ったらきっと話が合うんだろうなーと思う」

 私はなんて答えていいのか分からなかった。自分の親にそんなふうに思われていたなんて意外だった。「本を読むのが好きで、自分の世界がある」「今やっとやりたいことを実現しようとしている」。 母からは見た切島カイリは、そんな人生を生きていたのか。

 専業主婦の母は、今の私の年齢の頃にはとっくに結婚して子育てをしていた。だからきっと母の常識からも「外れた生き方」をしているに違いないのに、彼女はまわりからの雑音から私をかばってくれる。「もう少し待ってあげて」とは、なんと優しい言葉だろうか。

「結婚、してなくてごめんね。よく分からない世界に生きててごめん。でもこんなんだけど、お母さんみたいに思いやりのある人になりたいと思ってるよ」
 私はそう言うしかなかった。

 自分の夢を追いかけることは、もしかしたら誰かの願いを犠牲にした行為なのかもしれない。それならばせめて私は、なれる中で一番の私になろう。私を信じて待っていてくれた人たちを、ちゃんと安心させてあげられるように。その愛情に、ちゃんとこたえられるように。

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