「花屋日記」27. その愛は未来へ届くか。

 ある晩のことだった。30代のサラリーマンが店に立ち寄られて、ずいぶん長いあいだ花桶の前でうろうろされていた。「お伺いいたしましょうか?」とか「一本からでもお包みしますので、おっしゃってくださいね」とか声をかけてみても、とくに反応があるわけでもない。私がもう接客をあきらめて別の作業に入った頃に、その方はようやくカウンターへやってこられた。
 手には3つのブーケが不器用そうに抱えられている。小さなピンクのブーケが2つと、それより少し大きめの紫のブーケが1つ。そんなにたくさんお買い上げになられるとは思わず、私は内心驚いた。
「プレゼント用でございますか? それぞれにリボンをおつけしましょうか?」
と尋ねるとやっと「はい」と答えてくださった。もしかしたら花屋に来られるのが初めてなのかもしれない。

「今から送別会ですか? 小分けの紙袋を中にお入れしましょうか」
とお尋ねすると、その方は照れ臭そうにこうおっしゃった。
「…いえ、実は娘の誕生日で。まだ1歳なんですけど双子だから、花束が2ついるんです」
 私はその素敵な理由にすっかり舞い上がってしまった。赤ちゃんのためのピンクのブーケ。これは気合いを入れて可愛くリボンを結ばなくてはならない。
「双子の赤ちゃんですか! それはおめでとうございます。可愛いでしょうね」
「ええ、まだ小さいから花とか分からないかもしれないですけど」

さらにその方はうつむき加減にこう付け加えられた。
「そしてもう1つの花束は、妻に…」

 ああ、そういうことだったのか! 
この方が今から帰る場所には、愛する奥様と幼い娘さんたちが待っているのだ。家に帰ったら一緒にケーキを囲んで、1歳のお祝いをするのだろう。
 そのことを想像すると、なんだか胸がいっぱいになった。愛情がどれだけ尊いもので、それを確かめ合う日がどれだけ重要なのか、この無口な男性はちゃんとご存知なのだ。

 もしかしたらその記念写真に、このブーケも一緒に写るのかもしれない。娘さんたちがいつか大人になったときにそれを見て、両親の愛情を感じたりするのだろうか。そうなればいいな。今夜、このお父さんが家族に捧げた気持ちは、この先の未来へも届くものだから。この3つのブーケがそれに貢献できるとしたら、そんな光栄なことはない。

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切島カイリ

花屋日記 そして回帰する僕ら

ファッション女豹から、地元の花屋のお姉さんへ。その転職体験記を公開しています。
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