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ピストル柄のアロハシャツとサンドイッチ。

※これは、恋人に裏切られて激痩せした一年前の話(その後、復活しました)。


 夏は、健康診断の時期だ。病院で身長・体重測定をしなくてはならなった私は「このタイミングは絶対ヤバい...」と心配していた。なんせストレスで体重が40キロを切ってしまったのだ。案の定、悲惨な数字を示す体重計を見て女医さんは
「体重...いつもこんなんですか?」
と厳しい口調で尋ねた。
「いえ、今だけです。もともと夏バテしやすい上に、いろいろ混み入った事情もありまして...」
と説明すると、
「食べる量、増やしてください。三食は絶対です。このままだと骨密度が...」

 そこからの話を、私はいじけた気持ちで聞いていた。
そんなこと分かってるに決まってんじゃん。
どうにもならないから毎日困ってんじゃん。
こっちがどんだけ悩んで努力してると思ってんだ。簡単に言うなよ。

 病院帰りに、とりあえず一食お腹に入れようと、近くのサンドイッチ屋さんに寄った。とっくにランチの時間を過ぎていたせいか、お店には誰もお客さんがおらず、若いお兄さんが1人カウンターに立っていた。
「トーストサンドをツナチーズで。イートインでお願いします」
「かしこまりました」
 店内にはラテン系BGMが流れていて、アボカドや明太子を使った様々なサンドイッチがラップに包んで陳列してある。お兄さんはどんな気持ちで、この「何にも起こらない」時間帯を過ごしているんだろう。

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 やがて運ばれてきたサンドイッチにはぎっちりツナが挟まっており、とろりと溶けるチーズが濃厚だった。私はしばらくそこでそれを頬張りながら仕事のメールなどをチェックしていたが、すぐにお腹はいっぱいになってしまう。いつだってそうだ。食欲や美味しさとは無関係に、それ以上なぜか食べられなくなる。人は希望を失うと、こんなにも弱るのか。

 私は少し悩んだが、思い切って厨房のお兄さんに声をかけた。
「あの、すみませんが食べきれなくて。持ち帰りたいんですけど袋をいただけないでしょうか」
「はい、少々お待ちください」

 ただ、レジ横にかけてある透明なビニル袋を一枚くれるのかと思った。しかし彼は私のトレイを奥まで下げると、そこでサンドイッチを綺麗にホイルで包み、茶色い紙袋に入れて、きっちりと上部を折りたたんでテープで留め、さらにそれをビニル袋に入れて持ち手をくるくるとまとめて
「お待たせいたしました」
と渡してくれた。そこまで丁寧にしてもらえると思わず、びっくりした。
 けっしてシステマチックでなく、サンドイッチが乾燥しないように、ツナがこぼれないように、真剣に包む姿。セロテープを切る仕草さえ綺麗だった。

 周囲に大切に育ててもらった人なのかな。
と、その雰囲気でなんとなく思った。だからさっきまで、お客さんが誰もいなくてもお店は暗い印象じゃなかったんだ。

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 でも同時に、彼がエプロンの下に着ているのが黒い銃のプリントされたアロハシャツなのに気づいて、そのギャップにウケた私が
「その鉄砲の服は、お店のユニフォームなんですか?」
と思わず聞くと
「いえ、これは僕の。うち私服でいいんですよ、なんでも。シャツもそうだし、キャップとかも」
と照れたように笑って、自分のベースボールキャップを指差した。

 ああ、かわいいなあ。
やさぐれてないって素晴らしいことよなあ。
 彼が純粋なのは、若さのせいだけじゃないと思う。その見えない「今まで」がすごく重要で、人の優しさや丁寧さを構成するのは、そういう体験で培われた「感覚」なのだろう。

 私が今学んだり、取り戻したりしなきゃいけないのは、ただただそういう「感覚」なんだということを、そのお兄さんの屈託のない笑顔を見て思い出した。
ビタミンや炭水化物を一日これだけ、ということじゃなくて。この身長なら最低でも体重は何キロ、とかいうことでもなくて。
何ヶ月以内に取り戻さないとその先の人生がどう、とかそんなのもどうでもよくて。

 私はただあんなふうに、当たり前のように、優しくしなやかになりたい。食べかけのサンドイッチを宝物みたいに丁寧に包める人になりたい。

 ぎっしり詰まったツナのせいで、袋は思ったより重みがあった。その手ごたえを幸福に感じながら、私は33度の日差しの中をゆっくりと帰った。
人に「分かってもらえない」ことはどうでもいい、自分が何かを「分かる」ことの方がずっと大事だ。
 そんなことを何度も考えながら。

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