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「花屋日記」31. 「15本のバラ」の秘策。

「いえ、ちょっとね…妻と喧嘩したんですわ」

 私がブーケのご用途をお尋ねすると、その方はバツの悪そうな顔で首元を掻きながらおっしゃった。スーツをお召しになった40代くらいの男性だ。
「あら、それは大変ですね」
「僕が悪いだけじゃないんですけど、でも僕が謝ったほうがいいんでしょうねえ…」
原因が何だか分からないので、返答が難しい。
「旦那様から謝ってもらったら、きっと奥様は嬉しいでしょうね」
私は言葉を選びながら相槌をうった。
「うん、いつもそうなんです。そのほうが結局うまくいくんですよね」
 苦笑いされる姿はなんだかかわいらしかった。喧嘩をするたびに、花を仲裁役に仲直りをするご夫婦。そんな関係、なかなか素敵ではないか。

 謝罪にぴったりのブーケのデザインを考えながら私は、ふとあることを思い出した。
「そういえばバラの本数にも意味があるってご存じですか?」
「え、そんなのがあるの?」
「それぞれ意味がちがうんですけれど、15本のバラの意味は…ごめんなさい、です」
 
 実は私はその意味を今朝、ポップを書くために調べていて偶然知ったのだった。色だけでなく、1本から1001本にいたるまで、バラの本数には様々な意味合いがあるのだそうだ。私はその一覧表をファイルから取り出してお客様にお見せした。「9本:いつまでも」「21本:真実の愛」などロマンチックな言葉がずらりと並んだ中に、申し訳なさそうに「15本:ごめんなさい」の一言が挟まれていた。

「じゃあそれにしよう! 15本のバラ。その意味もちゃんと説明してみる」
「かしこまりました、ではすぐにお包みいたしますね」
 私はすぐに桶の中から「永遠の愛」を意味するピンクのバラを15本取り出した。
「これで奥様にお気持ちが伝わるといいですね」
「いける気がするわ、ありがとう!」

 毎年私たち花屋が、旦那様から奥様へのプレゼントを提案するのは11月22日、「いい夫婦の日」だ。その日を結婚記念日にされているご夫婦も多いので、私たちは大々的にプロモーションを行う。でもそんな日じゃなくても、花を通して気持ちを伝え合うのはとても大事なことだと思う。たとえそれが喧嘩を終わらせるための苦肉の策だとしても。

 今夜、あの方が持ち帰られたバラは「ベルヴィータ」。イタリア語で「美しい人生」。まさに、こんな日々の積み重ねに相応しいと、私は思う。

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