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中学時代にいちばん後悔したこと

あれは中学3年生のとき、穏やかなお天気の6月の午後だった。
いよいよ明日から修学旅行という高揚感で気もそぞろの下校前、ホームルームでのことだ。

思い出したように唐突に担任が言った。

市田には修学旅行の積立金3万9千円、返すからな

身体の不自由なぼくは二泊三日の修学旅行に参加できない。
それは仕方ない、バリアだらけの京都奈良だし。
というか、修学旅行の費用って積み立てで、それを母がしてくれていたことをこのとき知った。

しかしこのあと、担任は死ぬほど余計なことを言った。

福山も行けないけどな

福山美智子さん(仮名)はものすごくおとなしくて目立たない女子だ。
あまりにもおとなしくて控えめなので、もしかしたら一度も話をしたことがないクラスメートもいたかもしれない。同じ美術部だったことがあるので、ぼくは少しは話したことがあった。

けれども担任は福山さんには積立金を返すとは言わない。
福山さんはいつにも増してうつむいている。
(あっ…)
一瞬にしてクラスが、このことを追求してはいけない空気になった。
福山さんの家は修学旅行の積み立てができなかったんだ。

そばの席の女子が慰めるように背中に手をあてると、福山さんは耳を真っ赤に染めて静かに泣いた。
(同情を示されると涙を我慢できなくなってしまうんだよね……)

少なくともこのときまで、僕を含めクラスの誰も彼女のそういう家庭の事情を知る由もなかった。担任がそんなことさえ言わなければ、福山さんはあんな思いをしなくて済んだのに。

そのとき真っ先に思い浮かんだのは、ぼくの分の積立金で福山さんを修学旅行に行かせてあげてください、と担任に頼むことだった。

だけどそれっていくらなんでもカッコつけ過ぎなんじゃないか?
同情されてるみたいで、かえって福山さんを傷付けるんじゃないか?

当時はまだ病名を知らなかった中二病という不治の病で自意識過剰だったためか、余計なことばかり考えて合理的な判断ができない。
そして何より、勝手に決めるには3万9千円という金額が、中学生には大き過ぎた。自分のお金じゃなくて母のだし。
結局何も出来ず、福山さんに声もかけられずに下校してしまった。

夜になって帰宅した母にこの話を告げると、終いまで聞かないうちに母は言った。

じゃあお金返してもらわなくていいから彼女を行かせてあげてください、って言えばよかったじゃない

やっぱり!?

けれどももう夜遅すぎた。
ああ、なんで即決できなかったんだろう…。自分の決断力の無さを心から恥じるとともに悔しかった。

 

でも本当は、もし脚が悪くなかったら、福山さんをデートに誘いたかったんだ。
デートというと語弊があるし好きでもない男子とじゃ困らせるだろうけど、ただ修学旅行の留守番中にちょっといつもとは違う場所に行ってみるとか気分を変えて、少しでも楽しい時間が過ごせれば良かったのにって。
でもそれはぼくにとって、代わりに修学旅行に行けるように交渉するよりも更に難易度が高いことだった。

結局修学旅行の期間中、どう過ごしたのか覚えていない。
宿題を出されていたけれど、みんなが楽しんでるときにそんなのやってらんないよ!って提出しなかった気はする。

それ以来、何もしなかったことを後悔するくらいなら、やってみて失敗する方がマシ、ということが判断の指標になった。
そして妻と修学旅行に出掛けたまま、まだ戻らない。

 

この話を書いた背景について補足を書きましたので、もしよろしければ併せて御覧ください。


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