青春の光と声

青春の光と声

この曲を聴きながらお読みください
ちょうど読み終わる長さです

まさか卒業式で泣くなんて思ってもみなかった。
式の間も、卒業証書を手渡されたときも平常心だったのに。
これから校舎を出て、在校生が拍手と笑顔で見送ってくれる中を校門に向かうというところで、全校生徒から恐れおののかれている月影先生のようなおっかない音楽教師に思いがけず励まされたんだ。
それで不意をつかれて、涙が止まらなくなってしまった。

ぼくは進学できなかった。
自力で通学できるような高校はなくて、受験勉強にはどこか真剣に取り組めないまま、記念に一校だけ受けてみた無理めな高校はやっぱり落ちた。
まぁ義務教育の小学校も中学校もずいぶん入学を断られたんだから、楽しい中学生活を3年間おくれただけでも御の字だ。
でも芸大には行きたかったので、大検を受ければいいや、と思ってたんだけど。

その中学卒業直後の春休み、テレビでやっていた高校が舞台の映画を眺めながら、(あ〜こういう「青春」ってもう味わえないんだな…)と思うとなんだか急に寂しい感じがした。

これからどうなるんだろう?
先のことはさっぱりわからず、とりあえず毎日が春休みだけど、終わりのない休みは有り難みもない。

4月になって、母の勧めで近所の御茶の水美術学院の高校生デッサンコースに通うことにした。
お茶美は自宅から松葉杖で歩いてなんとか通えるギリギリの距離だ。
初日に「AC/DCとQUEENが好きでギターを弾いてます」って笑顔で自己紹介した同い年の遠山勝省くんに声をかけた。
その日すぐうちに遊びに来た遠山くん改めアンガスと意気投合し、バンドを組むことになる。

他のメンバーはアスペ天才ベーシスト、トンベ。中学時代、車椅子を押すのが楽しいからと言って毎日送り迎えしてくれた彼の華麗過ぎる車椅子操縦テクで、何度か転倒・落車したのも今は笑える思い出だ。
彼は放課後毎日のようにやって来ていたので、もしかしたら新しい高校にどこか馴染めていなかったのかもしれない。

キーボードは同じく中学からの友人で老舗和菓子店の跡取り、イワシ。彼は新しい高校でリアルが充実していたので、週末だけとても重いシンセ Roland JUPITER-4を台車でゴロゴロ運んで練習に来てくれていたけど、やがて愛機をうちに置きっぱなしにして頻繁にバンド練習するようになった。

そう、その頃はうちで練習していたんだけれど、電子ドラムなんて当時まだなくてアコースティックドラムだし防音設備も何もないただの一軒家だから家族はよく我慢してくれていたものだと思う。近所の人も優しかった。

中学からの友人たちも人懐っこいアンガスとすぐに打ち解け、バンドメンバー全員違う高校だけど、約束なんてしていなくても皆学校が終わると当たり前のようにまっすぐ集まって来て、先ずアンプにシールドを挿してから「やぁ!」と挨拶するような毎日で、とにかく夢中になって練習してたんだ。
そのうち他のいろんな高校からも音楽仲間が集まるようになっていった。

ただ、いくら練習しても皆バラバラな高校なので文化祭には出れない。
じゃあやっぱりライブハウスだよねということになって、ある初夏の夕方、みんなで都バスに揺られて新宿の老舗ライブハウスに出かけた。
出させてもらえることになり、いかにもライブハウスデビューな不揃いの学生服のぼくらに店長が「観ていきなよ」とタダで客席に入れてくれた。

お客さんはまばらだけど眩いステージでは、全員女の子のバンドがチープ・トリックの『Voices』をいっしょうけんめい演っていた。
途中のキーが低めのヴォーカルの掛け合いのとことかどうなるんだろう?とちょっとドキドキしながら見守っていたら、そのとき、ふと、気づいたんだ。
ああ、今が青春なんだな、って。


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