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法制審議会家族法制部会要綱案に対する8つの懸念

1  原則共同親権という誤解を招く文案となっている。

 要綱案は、民法第818条第3項の規律について、父母が婚姻中であるかどうかを区別せず、「(1)親権は、父母が共同して行う。」と規定し、「一方が行う」場合として、「ア その一方のみが親権者であるとき。」としている(第2・1(1))。部会の審議においては、共同親権も単独親権もいずれも原則ではないという前提で議論がされているが、要綱案の文言を素直に読めば、共同親権が原則であるとの理解が通常であり、誤解を招く文案となっている。これにより、社会に対し、共同親権優先のメッセージを与え、DVや虐待のリスクを無視ないし軽視することが懸念される。
2011年に面会交流の文言が民法766条に明記され、これを受けて、2012年に東京家裁裁判官らの論文が発表されたことを背景に、面会交流に関して「原則実施論」と呼ばれる運用が行われるようになった。面会交流推進という方針のもとでは、除外されるはずであったDV、虐待、子の拒否等の事案が実際には除外されず、同居親や子らにとって過酷な事態が生じた。2020年、同じ裁判官らが「旧論文が誤解されて原則実施論として独り歩きし、同居親に対する十分な配慮を欠いた調停運営が行われたことがあった」として新たな論文を公表し、同居親および別居親のいずれの側にも偏ることなく、先入観を持つことなく、ひたすら子の利益を最優先に考慮する立場(ニュートラルフラット)によることが宣言された。今回の要綱案は、明らかに「誤解」を招く文案を用いており、面会交流について2020年以前に生じていた苛酷な事態を招来させるものである。しかも、面会交流原則実施論は家庭裁判所における運用であったため、実施から10年足らずで改めることができたが、法制度ともなれば、ひとたび導入されるとその是正は簡単ではない。
 昨年行われたオーストラリアの家族法改正においては、共同の推進により、実際には紛争事案が増加・激化して裁判所がパンク状態となって機能不全に陥り、子どもの殺人事件も多発したことを直視し、「子の安全の問題がない限り共同養育は子の利益に適う」という方針が撤廃され、子どもの安全を第一に優先することが確認された。共同親権の先行実施国とされるオーストラリアにおける失敗の理由を十分に検討することなく、結論を急ぐべきではない。

2  進学・医療といった子どもの重要な事項について、迅速に決められず、紛争の危険が増える。

 要綱案では、「特定の事項」に関する親権行使について父母の意見が対立した時には、裁判手続きによって調整するべきとされている。しかし、現時点において、家庭裁判所は、月に1度の期日も入らないことが常態化しており、進学先で揉めた父母が裁判所に申し立てをして、進学先を決めてもらった頃には、もう新学期が始まるか、夏休みになっているのではないかということが懸念される。
 要綱案では、緊急な場合(「子の利益のため急迫の事情があるとき」)には単独で親権行使できるとされているが(第2・1(1)ウ)、「緊急かどうか」を巡って争いが生じることになり、「緊急とは言えない。もっと前に話し合いが出来たはずだ」という理由による事後的な無効確認訴訟や損害賠償請求訴訟が起こりうる。この規定は、婚姻中の共同親権にも適用されることになっているため、ワンオペ育児を行っていたような事案ほど、そのような紛争がおこるリスクが高いし、DV加害者が別居後の嫌がらせの手段として裁判手続きを利用することも想定できるが、それらについての対応策は全く検討されていない。
 また、緊急で単独行使できるとしても、医療機関や教育機関が、後に紛争となることを怖れて、他方親の同意書の提出を求めるであろうことも予想しうるところであり、他方親の同意書がないときには入学契約を拒否されたり、適切な医療が受けられないことも懸念される。ワクチン接種、修学旅行への参加、習い事など、さまざまな事項の決定や契約締結といった場面で問題が生じうることになる。

3  子連れ別居が違法と誤解される怖れがあり、、DVや虐待からの避難が強く抑制される

 要綱案では、子の居所指定権についても、親権の共同行使が必要となるため、子連れ別居についても、他方親の同意がえられなければ、家庭裁判所から親権行使者の指定を受けるか、又は、子の利益のために急迫の事情があることが、必要となる。
 しかし、DVや虐待の事案で、同居したまま家裁での手続きを遂行するのは危険であり、現実的に想定し難い。また、法務省は、「急迫の事情」とは、「父母の協議や家庭裁判所の手続きを経ていては適時の親権行使をすることができずその結果として子の利益を害するおそれがあるような場合」と説明し、「DVや虐待からの避難が必要である場合」もその例にあげているが(補足説明P6)、「急迫」とは「事のさし迫ること、せっぱつまること」(広辞苑)であり、まさにや身体的暴行や虐待が生じている時点であればともかく、そうでない場合にどこまでこれが含まれうるか不明であるし、「急迫の事情」という文言のもとでは、モラハラや高葛藤事案が含まれなくなるのではないかという懸念も生じる。いずれにしても、「急迫の事情」に該当したか否かが争いになり訴訟提起が頻発することが予想され、当事者や弁護士、支援者・支援機関に与える萎縮効果は甚大で、その結果、避難遅れが起これば、深刻な事態を招く。

4  共同親権を選びたくない人まで共同親権になってしまう可能性がある。

 父母の協議で親権の合意ができない場合には家庭裁判所が決めることになるが、要綱案では家庭裁判所は共同親権を選びたくない人にまで共同親権を命ずることができることとなっている(第2・2(1)イほか)。そもそも、当事者間で話し合いが出来ないため、裁判所の手続きを利用しているのに、裁判所が「子どもの大切なことは、自分たちで話し合って決めなさい」と話し合いを義務付けて、合意ができる場合があるだろうか。共同親権を無理強いしたところで、上手くいかず、離婚後に親権者変更や、監護者指定の申立て、意見が相違した特定事項に関する親権行使者指定の申立てを余儀なくされる可能性があり、「二段階離婚」ともいうべき事態を招きかねない。現場は混乱し、紛争が長期化することになる

5  児童手当等の受給や扶養控除が減り母子家庭の貧困が加速しかねない。

 要綱案では、離婚時に監護者指定をしなくてもよいとされており、紛争の火種を残し、審理が複雑化、長期化することが予想される。また、監護者を決めないとすると、現在の所得税における扶養控除をどちらをが利用するのか、児童手当や児童扶養手当は、誰が受給できるのか、保育園の入居基準になる収入は、父母どちらの収入を基準にするのか等、さまざまな分野に影響が生じることとなるが、その点の議論は不十分といわざるを得ない。

6  養育費の支払いが確保されず、むしろ減額される可能性がある。

 厚労省「令和3年度 全国ひとり親世帯等調査結果」によれば、養育費を受け取っている割合は母子家庭で28.1%にすぎないが、要綱案は「先取特権」「法定養育費」の提案をするだけで、国の立替払い、強制徴収の提案はない。共同親権になっても、養育費が確保できるわけではなく、共同で監護することにより、監護している日数や時間に応じて養育費の減額を主張される可能性すらある。

7  共同親権では、再婚家庭を築くのが難しくなる。

 離婚後、子どもを連れて再婚をする場合、再婚相手と子どもが養子縁組をすることが多いが、共同親権のもとでは、養子縁組するについて、元の配偶者の同意が必要となる。元の配偶者が、再婚相手についていろいろ詮索したり、文句を言うことも考えられる。養子縁組に同意してもらえない場合、新しい家族の中で、連れ子については、重要なことを決めるについても、元の配偶者の同意が必要になり、新しい家庭では連れ子の進学先も決められないことになるし、家族揃って引っ越しをすることもできないという事態を招くおそれがある。

8  第三者による交流が認められることにより濫訴が誘発される懸念がある。

 要綱案は、父母以外の第三者をも面会交流の申立権者と認めている。法務省は、あくまでも補充的な制度であると説明するが、申立権者となりうるという制度のもとでは、別居親から希望があれば、その事案のすべてについて祖父母との面会交流について検討せざると得ないのではないか。父親(母親)の面会交流が認められない場合に、事後的に祖父母から申立てがされるという濫訴のリスクもある。また、死別の場合において、祖父母が面会を申し立てるような場合は、死亡した親の意思に反する申立てが起こる可能性すらある。祖父母が養育費支払い義務をおうわけでもなく、審理が長期化し、濫用的な申立てが起こるなど、同居親にとって多大な負担が生じるであろう。ただでさえ、パンクしている家庭裁判所が、裁ききれるとは思えない。以上                                                                      

なお、要綱案は、こちらから(部会資料35-1、35-2は説明資料)https://www.moj.go.jp/MINJI/shingi04900001_00229.html


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