実務家からみた「部会資料30の1・30の2「要綱案取りまとめに向けたたたき台」(1)」のうち、「第2の1」「第2の3」についての疑問と意見
法制審議会家族法制部会 御中
2023年10月21日
第1 本意見書の趣旨
私達は、日頃、離婚事件及び子の監護に関する事件を多数、取り扱っている弁護士です。その立場から、第30回部会において提出された「家族法制の見直しに関する要綱案の取りまとめに向けたたたき台(1)」
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00340.html
のうち、「第2 親権及び監護権に関する規律」の「1 親権行使に関する規律の整備」及び「3 監護者の定めがある場合の親権の行使方法等」を検討しました。その結果、これでは、子を監護する親による養育を多方面にわたって制約し、連続性・一貫性・安定性・柔軟性を損ね、教育・医療など子をめぐる関係に多大な混乱を生じさせるおそれがあるのではないか、ただでさえパンク寸前の家庭裁判所に膨大な数の事件が押し寄せ十分な審理ができなくなるのではないか、そして何より子の福祉を害する結果をもたらすのではないか等の強い疑問を抱くに至りました。先般、弁護士ドットコムで実施されたアンケートで、実務に携わる弁護士から多数の消極意見が寄せられていましたが(弁護士ドットコム「共同親権を導入する民法改正要綱案『たたき台』、弁護士たちの評価は?」2023年09月21日)、
https://www.bengo4.com/c_18/n_16520/
これも私達と同様の重大な懸念によるものと考えます。
そこで、本意見書では、たたき台の提案する制度が実現したら起こりうる事態に対し、どのような規律がなされ、それが子どもと親、関係者にどのように影響するのかを検討するため、事例を挙げて、疑問と意見を提示します(事例はいずれも私達が日常的に経験する実例を参考に作成したものです)。
家族に関わる法制度が何より人々を幸せにするための装置であるとすれば(貴部会の審議においても、子の福祉や利益の視点が最優先におかれているものと承知しています)、離婚家族の実情を十分に把握し、DVや児童虐待、高葛藤事案を含む離別後の子どもの養育環境、子どもと養育親の安全と安心、子どもを取り巻く教育や医療、社会保障等の分野で起こりうる事態への対処等を十分に検討し、子と同居親の福祉が損なわれることがないか、子どもをめぐる第三者を含む関係者においても大きな混乱が予想されないか等を、具体的事例に則して、十分に検討することが必要であると考えます。
貴部会においては、具体例をみながら、「たたき台」によればどんな結果になり、離婚家族にどんな影響をもたらすことになるのかを具体的に検討し、現在および将来の子の福祉を損ねないために十分な議論をしていただくよう、お願いいたします。
第2 たたき台「第2の1.親権行使に関する規律の整備」について
1.「(1)父母双方が親権者となるときは、親権は父母が共同して行うものとする。ただし、次に掲げるときには、その一方が行うものとする。」(第2の1(1))
【意見】
(1)「婚姻中」と「破綻後離婚前及び離婚後」とでは、父母間の関係は協調性・信頼度においてまったく異なるのが通常である。「婚姻中」は信頼関係のもとに円満な意思疎通ができる場合が多いとしても、「婚姻関係(信頼関係)が破綻している場合」及び「離婚後」は、信頼関係がなく円滑な意思疎通も困難になるのが通常である。とりわけ、破綻後別居前は、父母間の葛藤・緊張が非常に高く、円滑な意思疎通は不可能である。また、法律上も、婚姻中の夫婦は、同居義務、協力義務、扶助義務を負うところ(民法752条)、破綻後・離婚後は、これらの義務は免除されている。
このように、「婚姻中」と「破綻後離婚前及び離婚後」とでは前提状況 がまったく異なるのだから、その状況に応じた異なる規律が適切である。同じ規律で対処することはそもそも無理であり、かえって子の利益に反する事態が強く懸念される。
例えば、人事訴訟法においては、離婚訴訟の土地管轄について、父母双方の住所地に普通裁判籍を認めている。これは、従前は夫婦の「共通住所地」等であったところ、このように改正されたものである。改正の理由は、①離婚する夫婦の殆どは別居を先行させており、共通の住所地を観念しようがないこと、②離婚に先立つ別居は、お互いにクールダウンして婚姻継続の可否や子どもの養育を含む離婚後の諸課題について整理し、離婚の協議や裁判に進むことでよりよい解決を導く可能性が高まる、という実情に即したものである。
(2)ところが、「たたき台」によると、共同行使の例外(後記2)に該当しない限り、子連れ別居は他方親権者の親権行使を阻害すると解される可能性がある。そのため、破綻により父母間の緊張葛藤が高まっていても、相手方親が同意をしない限り、主たる養育親が子連れ別居することが事実上できなくなるおそれがある。たとえ相手方親に養育能力も養育実績もなく、円滑な意思疎通(話し合い)もできない場合であっても、あるいは、どれほど父母間の紛争が激化していても、主たる養育親は子を連れて別居することができなくなる事態が生じうるのである。
しかし、仮に子連れ別居は他方親権者の親権行使を阻害すると解すると すれば、父母のクールダウンを妨げ、煮えたぎる紛争の中に子を置き続けることになる。破綻した夫婦が同居を継続することは、父母間の関係が最悪な状態を、日々、更新し続けることにほかならず、日常生活のあらゆることで不信、衝突、紛争が起こり、あるいは冷淡な態度がとられるようになり、子どもが険悪な父母の紛争にさらされ続けることにつながる。同居しながら調停などの裁判手続きをすれば、その緊張対立は覆い隠せるものではなく、子どもにとっても、家庭生活を耐え難いものにする。
このような厳しい緊張状態の中に子どもを置き続けることは、子の利益にならないばかりか、面前暴力と評価すべき事態であって、児童虐待に当たりうる。<事例1>はその例である。
【疑問】
(1)「父母の共同行使」でなすべき行為を、単独で行った場合、
ア、民法825条が適用されるのか?
仮に適用されるとすると、共同名義でした単独での法律行為は行為の相手方が悪意のときだけ無効で、単独名義でした法律行為は相手方が善意でも常に無効となるのか? 仮にそうだとすると、単独行使の場合、行為の相手方は常に他方の同意を確認する必要があり、確認できなければ契約等を拒否することになるのか?
民法825条が適用されないとすると、共同名義であろうと単独名義であろうと、父母の一方の同意がない行為はすべて無効になるのか?
イ、「父母の共同行使」でなすべき行為の相手方は、常に父母双方の同意があることを確認する義務があるのか? 確認しないまま(もしくは、確認が不十分なまま)、一方の申し出による行為を行った場合、行為の相手方には何らかの責任が発生するのか? それはどのような責任か?
ウ、当該行為を子が希望していたのに、父母の一方が同意しないため無効となった場合、子の救済方法はあるか?
【意見】
(1)「第2の2」では、父母双方の合意はないが家庭裁判所が命じる「非合意型」の共同親権制度導入も提案されている。しかし、父母の一方の反対にもかかわらず家庭裁判所が親権の共同行使を命じても、協議や行使を円滑に行うことは到底期待できないうえ、そのような関係性の父母に共同決定を強制することは、別居親の合意を得るために同居親に対して多大な労力を要求し疲弊させることとなり、子の養育の質を害する。父母の間に権力差ないしDVがある場合には、裁判の結果それらが継続することになる。よって、仮に離婚後の父母双方親権制度を導入する場合にも、父母間の「真摯な合意」を必須の要件とし、そのような場合に限定すべきである。
なお、親権の共同行使の同意すらできない父母に、家庭裁判所が親権の共同を命じる必要性がどのような場合にあるのかという点については、前述の弊害の大きさとの比較検討がなされるべきであるが、そもそもこの点について部会では十分な議論が尽くされていないように思われる。また、父母の一方が親権の共同行使に反対するにはそれなりの理由があり、家庭裁判所は、その理由を丁寧に確認することにより闇雲な反対ではないことを明らかにすべきであるし、逆に葛藤を下げる努力もすべきであるが、現状では、家庭裁判所にそのような態勢はなく、これらを可能とする態勢を保障すべきである。
そして、「真摯な合意」を担保するためには、家庭裁判所において、父母間に非対等性がないことおよび親権の共同行使が可能な程度の協調的な関係が父母間にあることの確認、共同行使を合意した場合に具体的にどんな場合に何をする必要があるのか(共同行使できない場合への対応を含む)等について父母が正確な知識を有することの確認を行うべきである。また、合意の真摯性に疑問が生じた場合や、合意時に予想できなかった事態が生じた場合(具体的な個々の行為について度々もめて決められない場合を含む)などには、双方親権から単独親権への変更を可能とする司法的手続きを整備すべきである。
(2)父母の真摯な合意のもとで、離婚後共同親権となった場合でも、個々の具体的事項の決定に際し、父母の意思が一致しないことは十分に予想される。
この予想を前提に、たたき台は共同行使を要しない場合として4つの例外を示している(下記2(1)~(4))。しかし、以下のとおり、それぞれ疑問があるうえ、この4つの例外で子の福祉を害する事態をすべて防ぐことはできない。例えば、<事例2>についてみれば、例外1には非該当、例外2にも「急迫の事情」と言えなければ非該当、例外3にも「日常行為」と言えなければ非該当、例外4は裁判所の指定に要する時間からして到底無理である。
このことは、離婚後共同親権制度の導入が子の福祉に適う養育に対する重大な懸念を伴うことを示している。
2、共同行使の例外(1)例外1:「他の一方が親権を行うことができないとき」(第2の1(1)ア)
【疑問】
現行民法816条3項は「親権は、父母の婚姻中は、父母が共同して行う。ただし、父母の一方が親権を行うことができないときは、他の一方が行う。」と定める。そして、「父母の一方が親権を行うことができないとき」とは、親権喪失・親権停止・親権辞任、子との利益相反、生死不明・行方不明、意思表示不可能等の場合が当たると解されている。
「第2・1(1)ア」の範囲はこれと同じか? たとえば、「一方」が収監中である場合<事例3>、「一方」がDVや虐待の加害者である場合<事例4>は、これに該当するか?①DVや虐待の証拠がない場合、もしくは、②同居中のDV虐待の証拠はあったが別居後のDV虐待の証拠がない場合は、結論に差が出るのか?
【意見】
「他の一方が親権を行うことができないとき」という文言が、現行法と同様に解釈されると、極めて例外的な場合しか親権共同行使の例外とされないことになるおそれがある。少なくとも、「他の一方が親権を行うことができないとき、他の一方に同意を求めることが困難なとき、他の一方が親権を行使することが不適切なとき」とすべきである。
(2)例外2:「子の利益のため急迫の事情があるとき」(第2の1(1)イ)
【疑問】
(1)「子の利益のため急迫の事情があるとき」とは、
ア、具体的にどのような場合を指すのか?
イ、「急迫の事情」という文言は刑法の正当防衛の「急迫」を想起させるが、あえて同じ文言を用いた理由は何か?
ウ、DVや虐待から避難するにあたり「急迫の事情」とはどんな事情か?
暴力から数日を経て、加害者が油断した時期の避難はこれに含まれるのか? 嫌みや無視などの精神的暴力の場合は「急迫の事情」に当たるのか?
事例5~9は「急迫の事情」に当たるか?
事例6で、医師はBに対し法律上の責任を負うか?
(2)資料30の2P2には「DVや虐待からの避難をするため急迫の事情があるときは、父母の一方が単独で居所指定権を行使することができるものとする」とある。
この記載は、婚姻中においても、父母の一方が他方の同意なく子を連れて居所を移動することは、他方親権者の親権行使を阻害するおそれがあると解したうえで、その例外を定めたもののようにも読めるが、そうか? 仮にそのような解釈をする場合には、「他方親権者の親権行使の阻害」は、それだけで「子の福祉の侵害」になると解するのか? それとも、子の福祉の侵害の有無は、あくまで子の立場から判断されるという従来の実務は変更がないということか?
現行法下の実務では、子連れ別居の適法・違法の評価は、①子を連れて家を出た場合と、子を残して自分だけ家を出た場合とで、どちらが子の健全な生育に資するか、②協議の実現可能性があったかどうか、という2点を基準に行われていると思われる(東京高裁平成29.1.26─100日面会裁判控訴審判決など)。たたき台は、この①②の考慮を、他方の親の同意もしくはアないしイの解釈によって同様に実現するものであり、現在の運用を変えるものではないと理解してよいか? それとも、現在の運用では適法である子連れ別居が、法改正により違法となることがあるのか?
(3)
ア、DV虐待被害や高葛藤が続く者から別居前に相談を受けた弁護士や行政 機関(配偶者暴力支援センターや児童相談所を含む)は、どう対応すべきということなのか?
イ、「急迫の事情」が認められなかった場合には、DV被害者親子の避難をアドバイスした弁護士や医師、行政機関、一時保護措置を認めた行政機関に、法的責任が生じるのか?
【意見】
部会資料30の2の2頁P2には「DVや虐待がある事案に適切に対応することができるような内容とするという検討の視点が重要であると考えられる」との指摘がある。
しかし、他方の同意がない子連れ別居は他方親権者の親権行使を阻害するおそれがあるものと解するとすれば、他方親権者からの損害賠償請求の多発等が予想され、これを避けようとすれば、被害親子の安全のため、DV並びに虐待の防止及び被害者支援の責務を負う国及び地方自治体の取り組みを委縮させてしまう重大な懸念がある。被害者の避難や一時保護などを困難にし、その後の転居にも加害者である相手方の同意を原則とするとすれば、DV防止法や児童福祉法・児童虐待防止法の被害者保護に逆行し、これを否定する結果をもたらす重大な懸念がある。
子連れ別居については、仮に他方親権者の親権行使を阻害するおそれがある場合であっても、あくまでも子の福祉を優先し、その立場から判断するという現在の実務を維持すべきであり、これに反する規律や解釈に反対である。
即ち、子連れ別居の評価は、従前、監護者指定の場面で扱われてきた。未成年者を誰が監護するかは、子の福祉に関わる事柄であり、監護者指定の基準は子の福祉に適うか否かの点に求められるから、他方親の同意がなくとも(共同親権の行使阻害)、従前の監護状況や子と連れ出した親との関係、子を連れずその親が別居してしまった場合の子への影響、連れ出しの態様が子に衝撃を与えたかなどを総合考慮して決して来た(松本哲泓 家月63-9)。子の最善の利益を最優先するために、子の居所移動に関しては、こうした子の視点に立った評価基準を維持するべきである。
(3)例外3:「監護及び教育に関する日常の行為」(第2・1(2))
【疑問】
ア、「監護及び教育に関する日常の行為」には法律行為も事実行為も含まれるのか?
イ、「監護及び教育に関する日常の行為」の範囲はどう線引きするのか?
ウ、父母間で争いになった場合、「監護及び教育に関する日常の行為」であったかどうかは、誰がどのような手続きで判断するのか?
後に「日常の行為」でないと判断された場合、その効果はどうなるのか?
エ、「監護及び教育に関する日常の行為」について、父母が別々の判断をしたら、子はどうすればよいのか?学校や医療機関など行為の相手方はどう対応すればよいのか?
これによる混乱はどう防ぐのか?
【意見】
「監護及び教育に関する日常の行為」とは何か、父母が親権を共同行使すべき事項との区別を、何人も同じようにできる明確な基準がないと、すべての行為が共同行使の対象とされていることと同じであり、紛争が激増する。<事例10>では、Cの受診・治療はどこまでが日常行為かが、たたき台の記載からは明らかとならない。
しかも、これは父母が別々の判断をすることを当然に許容する規律であり、子どもが混乱するだけでなく、行為の相手方(学校や医療機関等を含む)も混乱することが確実に予想される。
<事例11>では、Cはいつまでも受験先が決まらず、受験直前に不安な状態に陥れられる。<事例12>では、Cはせっかく合格したX高校への入学が叶わぬことになり、落胆が著しい。<事例13>でも、Cは頑張ってかちとった校外の大会出場の機会を奪われ、失望している。これがCの利益になることはありえない。
ところが、このような混乱や子の不利益を防止するための方策は何も用意されていない。下記(4)のように、家庭裁判所で権利行使者を定めるというのも、相当な時間を要するため、日常の行為に対応するのは不可能であり、父母双方が単独でなしうるとする限り、子の利益を守ることはできない。
混乱や子の不利益の防止だけでなく、監護の連続性・安定性の観点からも、「監護及び教育に関する日常の行為」は同居親が決めることができるものとすべきであり、そのためにも監護者指定を必須とすべきである。
(4)例外4:「特定の事項に係る親権の行使について、家庭裁判所が当該事項に係る親権を父母の一方が単独で行うことができる旨を定めた」場合(第2・1(3))
【疑問】
(1)家庭裁判所が親権行使者を定める場合というのは、「監護及び教育(「日常の行為」を除く)」「居所指定」「職業許可」「財産管理」「法定代理人としての行為」で協議が整わない場合か?
(2)家庭裁判所が親権行使者指定を行う「特定の事項」とは、どのような単位の事項か?
例えば、教育に係る事項として、①塾に行くか否か、②塾の決定、③入塾契約、④中学受験をするか否か、⑤受験先の決定(他の中学の合否により直前にかわり得る)、⑥実際に受験するか否か、⑦合格先への入学契約(複数に合格すればどこに入学するか)、⑧修学旅行(特に海外)への参加等が考えられるが、どれが「特定事項」か?その各々が個別に「特定事項」になるのか?
また、医療に係る事項として、①予防接種、②ワクチン接種、③虫歯治療、④歯列矯正、⑤医療機関の選定、⑥検査、⑦検査のための入院、⑧治療のための入院、⑨手術、⑩転医(医療契約の解除と新たな医療契約)等が考えられるが、どれが「特定事項」か?各々が個別に「特定事項」になるのか?
(3)「特定事項」についての親権行使者指定の手続きはどんな内容で、親権行使者が確定するまでの所要時間はどれくらいと想定されるか?
(4)「特定事項」が細分化するほど、家庭裁判所に膨大な数の事件が係属することになるが、教育や医療などは時間的余裕がない場合が多いと思われ、現在の家庭裁判所の体制で対応が可能か? 家庭裁判所による親権行使者確定が間に合わず、父母の一方が単独で決めた場合、その効力はどうなるのか? 第2・1(1)イに該当するのか?
(5)家庭裁判所は「子の利益のため必要があると認めるときは」親権行使者を指定するとあるが、父母の協議が出来なくても「子の利益のため必要がある」と認められないのはどういう場合か?
【意見】
<事例14>では、家庭裁判所が具体的に何を特定事項として親権行使者を定めるのかが不明であるうえ、指定までにどの位の期間が見込まれるのかもわからず、受験時期が近接したときに申立があったら間に合わないおそれが強い。
<事例15>では、家庭裁判所の判断が数日以内になされる可能性は事実上皆無で、あり、Aはみすみす有利な転職先を失い、ひいてCの希望を叶えることができない。そうかといって、家庭裁判所の判断が出る前に転居すれば、Bから親権侵害だと訴えられるおそれがある。
家庭裁判所が同居親を親権行使者と指定する場合が多いことが常識的には予想されるが、そうであれば監護者の指定を必須とすべきである。それにより、子と同居親に余計な手間と費用とストレスをかけるだけの無駄な手続きを避けることができる。
第3 父母双方が親権者となり、子の監護をすべき者または監護の分掌(分担)について協議又は家庭裁判所で定めた場合(第2・3)
1、「子の監護をすべき者」を定めなかった場合
【疑問】
(1)社会保障制度について自治体は父母いずれに受給権を認めるのか?
「子と同居している者」とした場合でも、その認定資料はどのようなものか? 子と父母双方の住民登録地が同一である場合だけでなく、住民登録地は別だが同一校区内など近接した場所に登録している場合には、市(区)役所や福祉事務所は家庭訪問を行うなど具体的調査を行う必要があるのではないか?
(2)養育費についても、家庭裁判所は債権者・債務者の認定のためには家庭訪問や学校への照会など行う必要があるのではないか?
【意見】
(1)別居する父母双方が親権者となりながら監護者を定めないということは、子どもは別居した父母のどちらかで生活しなければならないのに、子に対して生活と世話を引き受ける責任者を定めない、不履行の責任がない監護体制を認めるということになる。これは子の利益にならない。
(2)したがって、親権を共同にする場合は、少なくとも監護者は指定すべきで、監護者が監護をしているという前提で監護・教育に関する現場や社会保障の混乱を避けるべきある。そうでなければ、<事例16>で家庭裁判所や自治体は認定のための調査に手を取られ、判断や支給が遅れ、子の利益に反する。
そのうえ、子どものことについて誰が(少なくとも)日常の決定権を持っているのかを明確にしておかなければ、第三者は混乱に巻き込まれるし、子ども及び監護親も混乱に巻き込まれる。民法825条により善意の第三者を保護するだけでは、日常監護が混乱のツケを払わされて子の福祉を害する。
離婚後共同親権を選択する場合は、必ず子と同居する監護者の指定を要することとするべきである。
2.「子の監護をすべき者」を定めた場合
(1)父母の協議または家庭裁判所で定める(第2・3(12))。
【疑問】
家庭裁判所は、どのような事情があれば、一方の反対があっても、他方を監護者と定めるのか? 現在、別居中の父母の一方から監護者指定の申し立てがあれば、他方が指定そのものに反対しても、必要性がある限り、家庭裁判所は監護者を指定している。この現行の判断基準は維持されるのか?
(2)監護者と定められた者は、監護教育・居所指定・職業許可権を単独で行使することができる(第2・3(2))。
ただし、監護者が定められた場合でも、他方の親は、定められた監護者の行為を妨げない限度で、上記第1・1の規律に従って、監護及び教育に関する日常の行為を行うことができる(第2・3(3))。
【疑問】
(1)「監護者の行為を妨げない限度」内かどうかは、誰がどのような手続きで判断するのか? 監護者の行為に反する行為はすべて「妨げた」と判断できるのか?
(2)「監護者の行為を妨げない限度」を超える行為があった場合、監護者はいかなる対応ができるか?
行為の中止、取消・原状回復、損害賠償、親権の制限など、監護者の権利行使を妨げないための措置はあるか?
(3)非監護者は「監護者の行為を妨げない」と考えて行為を行ったが、後に妨げていたと判断された場合、当該行為の効果はどうなるのか。妨げられた側(監護者)の救済方法はあるのか?
【意見】
監護者を定めたにも関わらず、他方親が「妨げない限度で」「監護及び教育に関する日常行為」を行うことができるとすることは(第2・3(3))、子どもの学校、医療などで大きな混乱を生じさる。
<事例17>では、学校はどうしてよいかわからず、結局、Cは遠足に参加できず、新しいクラスになじむ機会を逃した。これはCの利益に反する。
監護者(同居親)による養育監護の見通しもつかなくなり、自立性が守れないことになる。上記の混乱の後始末は監護者(同居親)の負担となり、安心して生き生きと子育てすることができず、結果として子どもの養育の質を下げることになる。よって、「妨げない範囲」の非監護親の決定権(第2・3(3))は削除すべきである。
3、監護の分掌(分担)を定めた場合(第2の3(1))
【疑問】
(1)監護の分担とは、どのような単位(範囲)での分担か? 「監護及び教育(「日常の行為」を除く)」「居所指定」「職業許可」「財産管理」「法定代理人としての行為」という単位か?
それとも、例えば「教育」「医療」という単位か?
それとも、例えば、教育に係る事項として、①塾に行くか否か、②塾の決定、③入塾契約、④中学受験をするか否か、⑤受験先の決定(他の中学の合否により直前にかわり得る)、⑥実際に受験するか否か、⑦合格先への入学契約(複数に合格すればどこに入学するか)、⑧修学旅行(特に海外)への参加等が考えられるが、その各々が個別に「分担の単位」となるのか?
また、医療に係る事項として、①予防接種、②ワクチン接種、③虫歯治療、④歯列矯正、⑤医療機関の選定、⑥検査、⑦検査のための入院、⑧治療のための入院、⑨手術、⑩転医(医療契約の解除と新たな医療契約)等が考えられるが、各々が個別に「分担の単位」になるのか?
(2)公示は不要ということだが、監護の分担の単位・内容が公示されなければ、行為の相手方などの第三者は、監護の分担の単位・内容をどうやって判断するのか?
父母が互いに「自分がこの事項については監護を分担している」と主張したとき、第三者はどうすればよいのか?
父母から異なることを言われた子どもはどうすればよいのか?
(3)後で「当該事項について監護を分担していない」ことがわかった場合、その行為は無効か?監護を分担していると信じてその親の指示に従った第三者の行為は損害賠償請求の対象になるのか?
第三者は自己防衛のため、「当該事項について監護を分担している」者からの申し出であっても、他方親の同意が証明されない限り、一切応じないことになるのではないか?
(4)家庭裁判所が決める場合も、事案ごとに子・同居親・別居親の相互関係や希望、能力適性は様々で、かつ時間の経過とともに変化する(流動的)。「監護の分担」の裁判として、どのような基準に基づき、どのような決定を行うことを予定しているのか。その確定に要する期間はどのくらいを見込んでいるか。
【意見】
(1)監護者を定めないという場合、子に母方と父方とを行き来させる交替住居を前提としているのであれば、そのような監護が子の健全な成長に危害リスクがあることに十分留意する必要がある。父母の住居が離れ、生活水準が異なり、父母間の関係が不良で、育児方針や監護スケジュールをめぐり子ども中心の柔軟な協議と調整ができなければ、子の生活の連続性がなくなり、子はどちらにも発達の根を下ろすことができず、安定した社会関係とこれを受けた自意識を培えない。
(2)離婚後の父母を共同親権者とするなら、監護の分担ではなく、監護者を定めることとすべきである。
第4 審議の進め方に対する意見
1、上記のように、たたき台が描く制度は、事実上監護する親による養育を多方面にわたって制約し、連続性・一貫性・安定性・柔軟性を損ね、教育・医療など子をめぐる関係に多大な混乱を生じさせるおそれがある。離婚後共同親権という新たな権利を設定することの可否を、それにより子と子の周囲にもたらす混乱を見極め、その収束方法を具体的に検討することなしに決めれば、子の福祉を損なうことは明白である。法制度の変更は、現実の紛争場面に引き付けて、それが子の福祉に役立つ解決規範として機能するか否かを見極めずに進めるべきではない。
2、破綻前の婚姻中と、離別後では、父母の関係・子と双方の親との関係も、子の生活もまったく異なる。婚姻父母が同居していれば、子は当然父母と生活を共にするけれども、父母の離別後は、父母は別居し、子はそのいずれかのもとで養育され、生活する。そのような状況で、子が別居親と一緒に過ごすためには、子の本拠地での生活に相当の影響をもたらすから、子の福祉を守るためには、制度の設計や運用に高度の配慮を払わなければならない。婚姻中の共同親権と、離婚後の共同親権を同視する議論は危険である。
3、DVも虐待も家族の中で起こる。そしてそれは紛争家庭では、高率で起こっている(英米法圏の先進国では、監護裁判の大多数で家族間暴力の疑いがあると報告されている)。しかも、DVは、別居離婚後も続き、一層激化する場合もあることが知られている(post separation abuse)。そればかりか、離婚後の関与が、普通の離婚事件を高葛藤事案に変化させてしまうことも指摘されている。それゆえ、家族の紛争に対処する家族法の改正を論じるのに、DVや虐待の問題を例外化することは許されない。監護紛争とその解決のどこにDVや虐待が影を落とすリスクがあるか、それが法改正によってどのような影響を受けるかが、真剣に検討されるべきである。
4、各国で、監護裁判で子どもと監護親の危害リスクが看過されてしまう要因として指摘されているのが、司法のリソース不足であるが、日本の司法はなかでもとりわけ小さい(裁判官1人当たりの国民数-英国19,687人、日本45,581人 弁護士白書2019)。
日本の司法の人的・物的拡充は、監護紛争の解決には不可欠である。さもなければ、DV・虐待や高葛藤で子の福祉に重大な懸念が及ぶ事案において慎重な審理ができず、近時の面会交流事件の調停・審判のように、複雑な事案ほど加害者を含む声の大きな当事者の要求に従い、子と同居親に危害をもたらす共同親権や面会交流を命じる裁判が行われてしまう深刻な懸念がある。
すでに各国では、加害のための裁判利用(legal abuse)が被害親子の消耗・疲弊、裁判リソースの浪費として問題になっている。そのため各国は、加害親からの反対尋問禁止や申立制限など積極的な濫訴抑制に乗り出している。日本でも、濫訴を防止し、被害親子をさらなるトラウマにさらさないために、裁判所の手続きに関しても議論する必要がある。
以上
弁護士有志
長谷川京子 吉田容子 斉藤秀樹 岡村晴美 赤石あゆ子 有村とく子 石井眞紀子 伊藤龍太 今西恵梨 内村涼子 太田啓子 岡邑祐樹 億智栄 奥見はじめ 角崎恭子 金澄道子 兼松洋子 可児康則 清田乃り子 倉重都 髙坂明奈 佐藤由紀子 鈴木隆文 砂原薫 鄭聖愛 角田由紀子 田中篤子 田巻紘子 都築さやか 寺西環江 寺町東子 寺本佳代 中村衣里 中山純子 野口杏子 野田葉子 乘井弥生 橋本繁毅 橋本俊和 橋本智子 花生耕子 藤本圭子 藤原規眞 穂積匡史 本田正男 松浦真弓 三浦桂子 水野遼 宮地光子 宮本洋一 村上尚子 村松いづみ 森本志磨子 八隅美佐子 養父知美 山内益恵 雪田樹理 湯山薫 横地明美 吉倉美加子 分部りか 和田谷幸子 渡辺義弘
支援者
波多野律子 (女性ネットSaya-Saya)
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