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オリジナル菌糸瓶開発虎の穴

 わたしはオオクワガタ幼虫飼育と並行して常時、その餌材としてのオリジナル菌糸瓶の開発試作実験を繰り返しているのですが、本当に腐朽菌というのは繊細で不思議な生物で、特に気温ですね、そして、腐朽菌の種類、また、その同じ種でも株にもよるのですが、それら次第で、この培養の最適温度帯の見極めが非常に難しいのです。まあ、それも経験を積んできてだんだんとわたしなりに解ってきた最適解はあるにはあるのですが、いつでも確実に拡大培養するのは難しい。仕上がり具合が予測不可能なのです。なので、2023年のブリード・ライン用にはオリジナルではあるものの、コンサバティブな市販品に近いウスヒラタケ菌糸瓶の使用に留めました。がしかし、わたしの実験魂はくすぶっておりましたので、ちゃんと試験菌糸の新たな仕込みは別で実行しておりました。
 と言いますのも、採集したワイルド幼虫に試用してみたオリジナルのアスペン・チップ菌糸瓶での成長結果が大変良かったのです。これは、アスペン・チップにウスヒラタケを培養したわたしのオリジナル菌糸で、前回はこのアスペン・チップの大きめの形状はそのままに、しかし、フェノール質を熱湯煮出した上で更に殺菌処理したものにウスヒラタケを拡大培養したのですが、良い結果だった要因はアスペンに含まれる天然成分の内の何かが、それはひょっとすると栄養素なのか、はたまた、分解酵素にでも作用するのか、肝心なところが未だ不明ではありますが、何かしらの良い結果を齎したのかもしれない、という勘が働いたからです。
 このアスペンという木材ですが、独特の酸っぱい匂いがするんですよね。それは、同じ広葉樹でもブナやクヌギなどのナラ系樹種にはまったく感じない異種なものです。それで、前回、最初の試験で用いた際は「これはアクが強い樹種だな」と考えて、フェノール質の煮出し処理に踏み切ったのですが、そしたら、かなりの油分が浸出したので驚いたんですよね。コナラの例から考えて、当初、わたしはこの樹種によって質の違い、多・少の幅に大きな差のある精油質が腐朽菌と幼虫生育の足を引っ張る根源的要素だと考えていました。なので、木質から可能な限り排出しておきたかったのです。しかし、この方法ではチップの木材が煮出し時に水分を吸い過ぎてしまい、その後、培養に適した水分量に調整するためにチップからかなりの水分の吸い取り出しをしないといけなかったんですよね。これらの処理作業がトータルで非常に手間なのと、最後の最後の水分調整工程で害菌のコンタミを許し易いという懸念もあり、実使用可能な菌糸瓶として仕上げるのがとても難しかったのです。

独自の考察に基づいて誰もやっていないことをやる意義

 菌糸瓶の基礎培地をあくまで炭素源として捉えた場合、パルプ材を培地とした培養試用実験で得られた結果からも、純粋には——使用する原材料としての木材樹種は広葉樹でも針葉樹でも実質的には何でも構わない——との結論を得ていたわたしなのですが、別の観点からの——未明栄養素、或いは、微生物、菌叢までをも木材由来有用成分として捉えた場合——については、また違った可能性が見えてきたんですよね。それは、或る研究機関による可食キノコの菌培養・栽培試験での大変興味深い実験研究結果報文を読んだことが切っ掛けでした。それによると、——或る
特定の樹種の木質成分から抽出した精油質を菌床培地に添加すると、キノコ子実体が優位に成長、及び収穫量が拡大する——というものだったからです(*この樹種とその成分についてはこの研究で特定されているのですが、ここでは伏せておきます)。ちょっと待て、これまでのキノコ栽培の通説と違うじゃないの……。しかしながら、この報文を読んだとき、とてもワクワクする思いがしたのですよ。キラリと小さな光明が見えた。それで、わたしの中でアスペン・チップがそこに繋がった、というわけです。
 そこで今回は、アスペン・チップを予め細かく砕いて、粒度を中 - 細粒子化したものに特殊水溶液を加えて殺菌培地とし、敢えて木材由来天然成分のフェノール質は残留させたままのチップに拡大培養を試みてみてはどうかと考えました。今度は、この材に含まれる天然成分質は100%そのままに、大きめのチップを予め中 - 細粒子化粉砕加工しておくことで物理的に分解し易くして培養を促進するという手法にしてみよう、ということです。だいたい、以上のようなプランで上手くいくであろうという考えで試験培養しました。

アスペン・チップ

 で、先ずは大きめなチップを粉砕加工せねばなりません。今回導入使用したツールはHARIO社製Coffee Grinder。電動のミル式のではなくて、ハンド・オペレーションの臼式のものです。で、当初はこれを強力な天下の日本製Makita電動インパクト・ドライバーで回せば「瞬殺っしょ!」と考え、それを試してはみましたが、あまりの強力トルク故にグラインダーが危うくぶっ壊れそうになったので、この方法は敢え無く中止となりました。

HARIO社製Coffee Grinderを使用して粉砕、細粒化

 仕方なくグラインダーをハンド・オペレーションに移行しましたが、うーん、手動では細 - 中粒にまで粉砕するのにはかなり時間が掛かります。Coffee beansの場合、堅く見えてもローストされているので、分子の結合自体はもっと脆くなっているのでしょうね。生の木材だとそうはいかないのだということです。甘かった。
恐るべし、高分子リグノセルロース。ということで、グラインダーの粒度は調整できますので、適当な粗めセッティングを数回試み、許せる感じの粗め粒度で、しかも、作業の時短可能なレベルを見出して時間を掛けて粉砕しましたのが下の画像です。

左:オリジナル 右:粉砕後

 画像ではあんまり変わっているようには見えないと思いますが、チップのサイズ感はほぼ同様ながら、実は厚みが約半分くらいになっています。それと、粉砕時に或る程度は粉々になった細粒子分も出ますので、まあ、全体としてはいい感じではないかなあ、と思います。超激粗チップが、市販品の菌糸瓶用で云うところの「粗め」よりもまだ少々大きめくらいの粒度化した感じでしょうか。まあ、このくらいまで粉砕できていれば種菌を植菌した後の菌の蔓延時間もかなり時短できる筈と考えました。

液体滅菌処理中
2023年9月25日仕込み

カビ菌はオオクワガタにとって害悪か、それとも有益か

 植菌後……がっつりカビってます……。

2023年10月11日
ウスヒラタケ培養初期の状態——青カビに見える謎菌が同時蔓延

 上の状態、かなり悲惨な青カビ蔓延具合で、培地内に青海苔を塗したような感じです。がしかし、培養は継続中。……「なんで?」……どっこい、植菌したウスヒラタケ菌は死んでいないからです。ケース内の結露は菌の活性による生理的代謝水なので、それからも判断できます。これは幼虫飼育中の菌糸瓶でも同様で、反対にケース内に結露が見られなくなった場合、菌は死滅したと見てよいかと思います。この代謝水は市販菌床ブロックの袋内部などでも同様によく見られ、「有害で放置しておくと培地が腐るのでよくない」などという記述を非常によく目にしますが、その根拠が明示されているのをわたしは見たことがありません。これもインセクト業界に蔓延る似非化学情報の一つです。この水分そのもは無害なのでそのままにしておいてまったく問題ないです。もしも、培地が腐るとすれば、その原因はまったく別にあります。

ウスヒラタケ種菌自体は拡大培養成功
上部に塗した種菌は白く活性して下部へと侵攻しています

 さて、この青カビに見える謎菌ですが、これ、いわゆる青カビの仲間であるところのペニシリウム系なのか、キノコ菌の天敵のトリコデルマなのかは不明です。しかし、わたしの見立てでは、これはトリコデルマではないと判断しています。何故なら、ウスヒラタケ菌が壊滅しないからです。

拡大培養直後から発生した青カビに見える謎菌

 実はですね、この現象は去年の実験検証でも発生しまして、「ああ……やっぱ、腐朽菌の独自培養は難しいなあ……」と、すっかりめげてしまったのですよね。で、培地の総仕込み量もそれなりに多かったので、その培地すべてを廃棄するにも手間が掛かる。そのときのわたしは最悪の結果に意気消沈してすっかり落ち込んでしまったので、それらの試験培地をそのまま暫く放置してたんですよね。するとですね、ある日、見てみると、実は培地内のウスヒラタケ菌が活性していて、青カビ(菌種不明の謎菌)に見えるやつが少し減ってきてたんですよね。で、よく見ると、その青カビの周りをウスヒラタケの白い菌体膜が取り囲んでいるように見えたんですよ。「……ひょっとして、ウスヒラタケ菌が青カビを食べている?!」と思ったのです。どうやら、それが正解のようでですね、その後も完全放置を続行していましたらば、いつの間にか青カビはすべて消え失せてしっかりとウスヒラタケ菌が培地全体に蔓延していたのですよ! この結果には大変驚きまして。それで、……です。思い切ってその培地を種菌にして更に培養して仕上げた菌糸瓶で昨年育てたワイルドの採集オオクワガタ幼虫の生育結果が最良だった、という大変予想外なオチだったのです。

失敗は成功の元——大発見は大凡そのような過程を経て生まれる

2024年3月26日現在の様子
培地の隙間に白いウスヒラタケ菌が埋まりアスペン・チップが分解されているのが確認できる
(今尚活性中)

 つまりですね、ウチは研究ラボじゃないので菌の分析なんて芸当は一切できませんから(笑)、あくまで素人のわたし個人の観察・考察でしかないのですが、カビ菌にも種類がありますよね。カビ菌といえば害菌という意識がどうしても働きますが、いやいや、菌類には実は我々、人にとって有益なものも多い。有名なブルーチーズとかパルメザン・チーズなんかはカビ菌で熟成させますよね、日本では鰹節なんかがそうですし、あと、カビじゃないですが、納豆菌にヨーグルトの乳酸菌、酒の麹菌に、ぬか漬けだって酵母菌が必要だし、パンだって酵母による発酵が必須なのです。
 要するに、キノコの菌床培養の培地に於いてもですね、培地内に共存している菌で有害なものとそうでない、むしろ、有益なものとが居て、培地の分解で共生・協力関係が成立しているのではないか? という仮説なんです。思いますに、どうやら、これが、その実例っぽいのではないか。がしかし、この一見、青カビに見える謎菌の正体が何菌なのかは今以って不明ではあります。どうも、時系列的に考えて原材料のアスペン木材由来の菌っぽい気がしてます。というのも、チップ全体を液体消毒処理しているのですが、どうしても物理的に100%完璧ではないんですよね。完全には木材チップの芯にまで浸透し切らないので。しかし、ということは、処理行程の順序から考えても害菌類の二次的なコンタミは考え難く、元々、原材料の木材ポーラスに既に入り込んで休眠し潜んでいた菌が水分を得て活性したのではないかと思うのです。

ウスヒラタケ菌はほぼ培地全体に蔓延し、謎菌は死滅し、死骸と思しき残渣のみ姿をそのまま留める

 何れにせよ、どうも、この青カビのような謎菌は、一時的に培地内を優勢に蔓延るのですが、最終的にはウスヒラタケの餌になるようで、しかも、驚くべきは——通常の培地で培養した菌糸瓶よりもこの青カビ謎菌発生培地の方が優位にオオクワガタが大きく育つ結果確認——ということが、今のところわたしの実験検証結果として出ているのです。安易に結論づけるのは危険だとは思いますが、可能性としては——青カビ謎菌未発生培地よりもオオクワガタ大型化に有益な何らかの栄養素(幼虫が摂り込めるタンパク質——アミノ酸——が生成されているのではないかと考えています)が培地内に高まっている(謎菌の存在によって)——と、今のところわたしは捉えています。

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