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オオクワガタと啓蟄

 オオクワガタを飼育するようになって、暦の「啓蟄」てのは、本当に正確だなあと毎年実感するようになりました。というのも、常温飼育環境では、ほぼこの啓蟄の期日を境に幼虫も成虫も活動再開し始めるのを確認できるからです。それは、暖冬でも遅めの寒波が来た冬であっても同じ。冬場に暖房を使用していない室内での常温飼育管理の我が家のワイルドとワイルドからブリードのオオクワガタの観察では、日本のオオクワガタは季節に非常に敏感な虫だということが解ります。

冬場から春先への菌糸瓶スイッチングの難しさ

 この常温管理の場合の幼虫に関して具体的に言いますと、冬季の12月から3月までの約丸3ヶ月間については活動がまったく見られません。それは、菌糸瓶の容器の外側からは活動の形跡がまったく観察できなくなるということではありますが、飼育全頭の食痕の推移(移動形跡)がまったく見られなくなるということは、即ち
幼虫は冬季の越冬・冬眠態勢であるのであろうことは容易に察せられますし、冬季の我が家での管理温度は屋外と同様の低さでまでではないものの最低で6℃くらいまで下がりますので、室内管理としては屋外に近い低めの温度帯で管理しているという条件から考え併せても、これがいわゆる「居食い」というものではなく、冬眠と考えて然るべきでしょう。実際、この時期に菌糸瓶交換をした際に培地の状態をよく観察してみると、やはり、殆ど培地が食べられておらずにど真ん中で冬眠していたらしきことが確認できること、また、冬季野外採取の幼虫は越冬していた仮死状態で採取できることからも、そのように判断して正しいかと思います。
 冬季には、ワイルド・オオクワガタ幼虫はコクワガタ幼虫のように腸内環境を不凍液に代えないので(京都市産)、まったく食餌していないわけではないとは考えられますが、代謝をできるだけ下げて省エネ・モードで温度の下がる冬場をやり過ごしていることは間違いありません。ですので、常温飼育下では、この3ヶ月期間内は幼虫は投入している菌糸瓶の培地を殆ど食べ残してしまうのです。ということは、この期間の菌糸瓶については「越冬瓶」と考えてよいと思います。要するに、「餌用」というよりは「保管用」菌糸瓶なのです。それはある意味、この一瓶については事実上「捨て瓶」になってしまいますし、以前はヒラタケをメインに使用していたわたしの菌糸瓶飼育の常態ですと、実際にそうなっておりました。
 しかし、12月以前に投入していた瓶をそのまま冬季越冬用と考えて維持継続させてしまうと、菌糸の活性は高い状態なので培地の腐朽は進み、例え冬季と言えども菌糸瓶全体の劣化が激しくなってしまい、結果、良好な状態を保持できなくなります。がしかし、一方で同時期に幼虫を新しい瓶に入れ替えたとしても、前述のように結局は幼虫は越冬態勢で動かなくなり、培地を殆ど食べないので菌糸が無駄になってしまう……さて、この冬季3ヶ月間の一瓶を無駄にせずにしっかり食わすにはどうしたらよいものか……。
 その手っ取り早い解決策は温度管理ということになります。幼虫が冬眠態勢に入らない低温度帯で管理すればよろしい。ならば、菌糸瓶は無駄にならないし、幼虫も大きく育つ。がしかし、それはわたしからすれば常温飼育の縛りを破るご法度になりますし、オオクワガタたちに自然界の四季をしっかりと感じさせられないことになる。……これが課題で、これまでずっと考えていたのですが、そんなわたしの発想自体が間違っていたのでした。

3・3・6

 菌糸瓶の保ちは、管理室温帯と腐朽菌の活性温度帯との一致状況次第に依存します。要するに、冬季の温度帯で幼虫と同様に活性が落ちる腐朽菌株ならば、幼虫の代謝状態と並行して管理できるわけです。しかしながら、これが、天然株の野外ヒラタケと違い、市販のヒラタケ株を使用した菌糸瓶では常温管理下に於いては完全に不一致だった(冬季温度帯に活性があるので培地の腐朽が進む)。シワタケについても活性温度帯についてはほぼ同様でした。そこで、ダメ元で菌株をウスヒラタケにスイッチしてみたわけですが、これが見事に幼虫の活動状態と温度帯がシンクロしてくれることが判ったんです。冬季の3ヶ月間の最低温度帯では菌もほぼ低代謝で腐朽が然程進行せず、腐朽深度が浅いまま培地を維持してくれるんです——それはつまり、春からの気温上昇と共に幼虫が活動再開し始めるのと時期を同じくして菌糸の活性も再び上がり始めるということです——ここ、実はとても大事です。そして、そのまま初夏の蛹化・羽化まで、この一瓶で飼育環境を完結させることが可能ということになります。ただし、これは自身の手詰めによる超固詰めウスヒラタケ菌株培地菌糸瓶の場合であり、市販の機械詰めボトル販売品の場合は、かなり培地の詰めが緩いので鮮度の持続期間は短くなるかと思います。
 ということで、使用する腐朽菌株を昨年からウスヒラタケにスイッチしてからは、この冬季3ヶ月間の菌糸瓶を劣化させることなく状態を保持させられるということが判り、これで冬季の飼育課題の一つが解決。管理が一気に楽になりました。事実上、冬から夏までの最期の6ヶ月間(羽化まで)を常温で菌糸瓶を劣化させることなく保たせられるということです。このウスヒラタケ菌株使用による「3・3・6」の12ヶ月菌糸瓶飼育が当家の現在のベスト管理という状況です。

最終瓶に入れ替えた2022/11/17採取の京都市産オオクワガタ♂3令幼虫

敢えての常温飼育で大型化を目指す

 大方のブリードでの温度管理の考え方は、大型作出のための工夫として「低温管理」(定温管理?)が昨今の主流だと思うのですが、わたしは敢えて常温管理(冷暖房を使用しない屋内での自然な室温)に拘って飼育しています。それは、飼育種が自己採取のワイルド・オオクワガタ個体であることが第一義なのですが、大型作出に於いても常温飼育で大型を作出してこそだとの思いがあります。実際に常温飼育のワイルド・オオクワガタたちは、幼虫も、育った成虫たちも大変健康体で長生きであるという結果と実績がありますし、♂サイズについては、WF0で73mmは常態で羽化してきています。
 わたし個人の思いとしては、大型作出のためにはただ幼虫を「肥え太らせればよい」という思考停止の発想には以前から疑問を感じています。実際、「幼虫体重は成虫サイズにほぼ比例はするものの、その体重を基礎数値とした羽化サイズ還元率は一定ではない」という事実があります。わたしのこれまでのデータでは、ワイルド個体であることと、常温飼育の条件では、幼虫体重還元率がブリード個体と比べて遥かに高いということだけは判っています。つまり、考え方を変えると、低温飼育で太らせても、結局、蛹化促進のために一旦冬温度に下げる操作をしたり、また、ボトル交換などによる刺激で「痩せ」を発生させてしまえば、結果として「幼虫体重=成虫サイズ」に繋げるのは困難な気がします。また、そのように人為的に肥え太らせたブリード個体が長生きしたという事例を殆ど聞いたことがありません。
 自然環境にしっかり適応した強い虫に育つということは、種の保全的観点からもとても大事なのではないかとわたしは思います。生物として強いオオクワガタ——キョウゴク・オオクワガタ——血統固定を目指します。

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