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菌糸瓶交換方法の悪手

クリティカル・シンキングの大事さ

 わたしの手法は、他SNSやYouTubeなどで推奨されている手法とはほぼ真逆のロジックの独特な手法なのかも知れませんが、様々な失敗回避のためには最も有効なクリティカル・シンキングによる手法だと考えています。

 交換時の幼虫投入の際、元の培地は一切捨てずに埋め戻します。これが非常に大事なポイントになります。

  1. 培地に掘る投入穴は、大きさ・深さ共に最低限にします——つまり、投入する幼虫の体積+αだけです

  2. その穴に幼虫を投入し、掘り返した培地で軽く伏せます(幼虫は直ちに瓶底目指して穿孔します)

  3. 幼虫が培地内に完全に穿孔したのを確認し、伏せた培地を押し固めておきます

  4. 数日後に、投入した培地の上面に菌糸が再発菌していることを確認します

幼虫を投入済み1日経過後の菌糸瓶の状態です

 要するに、——菌糸瓶を詰めて再発菌、完熟させた培地の初期値バランス(充填量・充填圧・水分量)を崩すことなく、そこに「幼虫が足されただけ」という状態をボトル内でその後も安定的に最大限維持すること——と考えてもらえばよいと思います。
 腐朽菌にとって培地内のマイクロバイオータの安定化は大事で、その菌叢に含まれる他の微生物群は、一部の親和性の高い種を除いては過度な繁殖は直接的な生存脅威になります。また、培地を既に占有している腐朽菌にしてみれば、後から人為的に投入されてきた幼虫もまた侵入者にはなるのですが、幼虫は一方的に菌糸が蓄えた栄養を搾取するだけではなく、実は、窒素を菌糸に還元する役割をその後は担うことになります。なので、共生関係が成立するのです。この食物連鎖の循環をできるだけ自然の腐朽材中の環境に近づけて維持させることこそ、菌糸瓶飼育のキモだとわたしは考えています。
 そのためには必要ではない阻害因子はできるだけ排除する必要があります。腐朽菌は培地をセイフティ且つ、確実に独占するための戦略として、外部からの敵害菌侵入経路を遮断することをトップ・プライオリティとして力を使います。ボトルの上部開口部から菌糸が伸び始めるのはその表れなのです。そして、次に容器の内側面に菌糸が張り始めます。底と中心部分は一番後に菌糸が蔓延します。つまり、害菌の侵入が困難な箇所は後回しになります。ボトルの外から見て真っ白に見えても、中身は未だ元のオガの状態のままなのはそういうことからです。
 従って、幼虫投入の際に、その投入痕(破られた腐朽菌のバリアー)を培地で埋め戻してしっかりと再発菌させておくことは、腐朽菌が最初に手を打った筈の侵入者封じの策を再現し、現状復帰させておくために必要なシーリングなのです。これによって、害菌類の侵入を防御することができます。そして、菌糸瓶のボトル内で窒素循環が上手く成立すると、その後、幼虫の食痕に再発菌が見られます。つまり、腐朽菌が、一度は幼虫に食べられてしまった自分の組織の残渣である幼虫の糞を再度餌にして、窒素を養分として回収しているということです。これは、天然の腐朽材中でも見られる現象で、幼虫にとっても腐朽菌にとっても望ましい良好な窒素循環状態と考えられます。
 がしかし、通常、市販の菌糸瓶の培地には予め窒素源(タンパク質)が漉き込まれていることで既に富栄養化しているため、次第に余剰分がバランスの閾値を超えて窒素酸化に偏ってしまいます。そこに空気中のバクテリアが分解に参入してくると、pHバランスが急低下し、いわゆる「劣化」が更に進行してしまうことになるというわけです。旧食痕を幼虫と共に投入することが如何に「悪手」であることか、これで理解できるかと思います。実際、そうした場合、次回の交換時にその投入痕を確認すれば一目瞭然です。旧食痕で埋めた投入痕が培地の劣化の原因になっていることが解る筈です。まあ、それでも次回も同じようにやりたければ、それはその人の勝手なので、それに対してケチを付けるつもりはまったくありません。
 細菌類、バクテリア類も多種多様で、善玉もいれば悪玉も居るでしょう(あくまで、腐朽菌とオオクワガタにとっての)。しかし、誰が広めたか知りませんが、オオクワガタ・ブリード界での百把一絡げ的な「バクテリア性善説」流布の罪は非常に大きいとわたしは思っています。何事にもクリティカル・シンキングで対処する能力を身につけることが大事です。

悪手の発想は常に幼稚

 トップ・ブリーダー氏曰く、「菌糸瓶に幼虫を投入の際、瓶底付近まで穴を掘り、底の辺りはできるだけ大きめのスペースを作る。何故なら、幼虫に居食いをさせるために——居心地の善い——空間を与えるためである」という。菌糸瓶内での幼虫の居心地の善し悪しについて、誰か幼虫に直接訊いた人が居るのでしょうか? それは、どのようにして判断できたのでしょう? これ、どなたか解る人はいらっしゃいますか?
 このような理科的な観察眼、考察、視座を欠いた発想こそ害悪ではなかろうかとわたしは思うんです。そもそも、人間でこそ「居心地」という文化的形容が成り立つわけで、昆虫に「居心地」なる概念が果たして通用するでしょうか。だいたいですね、せっかくきっちり詰め込んだ菌糸瓶の培地の一部をごっそり掘り出して捨てる、と。その量、ざっと100 - 150gにはなるのではないでしょうか? 1400ccボトルに詰めていたとして、その分量が目減りして1250 - 1300ccに。捨て去る分の10個分で新たに1ボトル作れるんですよ? そして、考えてみてくださいな、実際に幼虫は居心地最高で、そこにじっとしてるなんてことは……まあ、百歩譲って、もしもあったとしても、それは極短期間でしょう。すぐに培地を食い周る。すると、目減りした分量の培地はその分が空間になっているのです——空洞です。これ、わかりますでしょうか? せっかく高価なプレス機を導入して培地を固詰めしたのに、乗っけからもう緩々培地になってるのと同じことになるんですよ、これ。せっかく準備でやってること全部がこれで台無しで無意味になるんです。
 そして、その結果、「暴れの原因は酸欠です」と仰る。いやいや、そんな緩々培地で空気入り放題なのに酸欠起こりますか? だいたい、幼虫の必要としている酸素量って、一体どれくらいなのかをご存知なのでしょうか? ——例えば、です。これは、ミヤマクワガタの幼虫採集での話ではあるのですが、地下2mの地中の位置に幼虫が居たそうなのです。そうしますとですね、そのミヤマクワガタの幼虫はシュノーケリングでもして呼吸していたのでしょうか?
 で、話はオオクワガタに戻って、悪手は続きます。原因を「酸欠」と断定しているもんだから、「ボトルの蓋を外してティッシュを数枚重ねたもので蓋を代用し、酸素を取り込み易くして暫く放置します」と。いやいや、そんなことをしたら、忽ち培地は乾燥して腐朽菌はその煽りで死にます。キノコ栽培用の菌床培地の水分量とは違い、そもそもクワガタ飼育用の培地の水分量は少なめ設定なのです。そして、多くの空気中の害菌の侵入を誘導することになります。オオクワガタ・ブリードでの「酸欠」断定は、本当に思考停止の為せる技だと思いますね。
 腐朽材採集時に天然の腐朽材の中の様子をよく観察しますと、幼虫の周りに在る空間はどの令であってもその体躯に応じた極僅かなスペースしか設けられていないことが見て取れます。オオクワガタの好む腐朽材は良好な状態の材ほど大凡硬めで、幼虫は腐朽材を噛み砕き食べながら糞を坑道の後方に詰め混んで進んでゆくのですが、その糞(食痕)は非常に硬く固められているんです。これは、菌糸を含めて消化抹消されたホロセルロースを考慮しても空隙率自体は高まっているため、食痕を埋めるために必要な容積はむしろ増していると考えられることと、居住空間としての腐朽材の強度を保つため、もう一つは食痕の腐朽菌による再利用(再分解)を促進させるためとわたしは考えています。そのため、幼虫は糞を硬く押し固めつつ自分の最低限度の活動スペースを僅かに確保しているだけです。つまり、この環境が幼虫にとってはデフォルトであり、理想の空間環境と考えてよいと思われます。これは、前述のトップ・ブリーダー諸氏が仰る幼虫にとっての「居心地の善い」環境とは真逆の環境です。

一通り徘徊後にボトルの底で落ち着く3令加齢から未だ間もない幼虫
——食痕に再発菌が確認できることに注目——

 オオクワガタ・トップ・ブリーダー諸氏におかれましては、オオクワガタの本来の姿、ワイルドのオオクワガタがどのような環境で育っているのか、少し勉強されては如何かとわたしは思うんですよね。壁を飛び越えるためには、突飛な発想も時には必要かとは思うのですが、それ以前に基本は大事だとも思います。でなければ、「幼虫の居心地の善さ」を想像することはできないんじゃないかなあ、とわたしは率直に思うんですけどね。しかし、幼虫と話せて、彼らの気持ちを理解できるというのなら、それはもう、話は別ですよ(笑)。逆にそれ、教えてもらいたいです。

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