見出し画像

「学校に行かなくてもいい」のは真実かどうかの話。

夏休み、そろそろ終わりますね。

最近よく耳にする、「学校に行かなくてもいい」。という言葉。

ある意味その通りで、ある意味疑問に思う。

ちょっとモヤモヤする、その話。

9月1日問題

「9月1日問題」という言葉、ご存知ですか?

昨年の記事ですが、まとめてありました。

文部科学省がまとめた、小中高校の各学校からの聞き取り。ですので、偏った内容かもしれませんが、2017年度(2017年4月1日から2018年3月31日)の児童・生徒の自殺者数は250人で、1986年以降最多でした。

理由について、未来への不安や家庭の問題も上がりましたが、もっとも多かったのは、

自殺理由=不明(140人)

悲しいです。

自殺も、(そして不登校も、引きこもりもそうなんだけど)

「決定的な何か」が原因でその状態になる、というのは本当に稀です。

ほとんどが、「複合的な理由」で、最後のトリガーが引かれてしまいます。

様々な要因が、少しずつ積み重なって、ある日臨界点を超えるのです。

それにしても、「不明」で片付けるのは、あまりにも無念ですね。

複合的な理由の中にも、特にウェイトを占めるのが何だったのか。

学校側にはそこをぜひ追求して欲しかった。

さて、記事の中にもあるのですが、こちらが今回の本題です。

「いつ」自殺したのか。の1972年から2013年までの、日付別統計です。

圧倒的に「9月1日」が多いです。グラフからは読み取れませんが、131名だそう。

圧倒的。

「1年間」のうちに自殺する人の多くが、この「9月1日」にその命を絶つのですから、やはり只事ではありません。

4月も多いですね。そこも注目したい。

学校には行かなくてもいい

学校に行くことが「死」の恐怖を超えると、自殺が「選択肢」に入ってきます。

今度また別の機会にまとめますが、日本で普通に生活をしていると、「生きている実感」を得難いです。これは本当。

日本で五体満足、健康な身体で普通に暮らして、「今日も無事に生きることができた」と毎日その生を喜ぶ人はどれくらいいますか?

いませんよ。

「生きる」こと、「死ぬ」ことの実感があまりにも薄くて、どこか他人事に感じてしまうので、

「死ぬ」選択も、別に自分にとって大したことがない事象になります。

「死ぬ」のハードルがものすごく低い。

そんな状況なら、

まず目先の対応として、

「学校には行かなくていい」

というのは、全くその通りで、本当に真理です。

「死ぬ」を超える「問題」はこの世に存在しません。

「死ななくてはいけない」、「死ぬしかない」ことなんて存在しません。

学校には行かなくていい。絶対に。

それが嫌で嫌で、もうどうしようもなくて死にたくなるくらいなら。

本当に戦わなくていいのか?

とにかく問題から逃げろ。

警察に駆け込んでもいい。

あなたが「どうすれば死なないでいられるか」をとことん追求してほしい。

現在のネット社会では、手を差し伸べてくれる機関や人といくらでも繋がれます。

その人たちも言ってる。「学校なんて行かなくていい」って。

よく頑張った。

よく耐えたね。

よく死なずにいてくれたね。

おしまいおしまい

でもさ、

私はあえて言いたいんだけど。

もしかしたら一部の人からは批判受けるのかな?でも言うわ。

そんな「あなた自身」はさ、本当に戦わなくていいの?

本当にそれがあなたのハッピーエンドなの?

学校に行かないことが、

それだけが選択肢なの?

それしか選択肢がないって、

それって「選択肢」って言えるの?

戦うことを否定することが寄り添うことか

「戦う勇気があったらそもそもそんな状況にならない」とか、

「相手と同じレベルに落ちることはない」とか、

「そんなことをいじめられて弱っている子に求めるのは酷だ」とか、

あなたの代わりに「あなたの声」を代弁するような、そういう意見もあります。

それはね、

あなたの周囲にいて、あなたのことを守っている「優しい人」が、

「あなたのことを守っている『自分』」を実感したくて言っている、

「実際はあなたのことなんて全然考えていない」意見だったりする。

「自分」に酔いたいだけ。

ごめんね、辛いこと言って。でもね、そういう奴いるから。実際。

だんだん見極めできてくるよ。

でもさ、実際のところね、学校に行かずに、

嫌な奴とは会わなくてよくて、

「死なずに済んだ」ことはよかったけどさ。

でもさ、

悔しくない?!

本当にお前は悔しくないのか?!

学校が嫌で嫌で、

もはや何もかもが嫌で、

深夜3時くらいにパッと目が覚めて、

嫌なこと思い出して寝付けなくて、

もう考えたくもないのに、

どんどん嫌なことばかり思い出して、

ムカつくあいつの顔ばかり頭に浮かんで、

自分はこんなに辛いのに、そんな原因のあいつが他人事みたいに笑っている顔ばかり頭に浮かんで、

歯をくいしばって、声が出ないように、バレないようにするけど、

でもどうしても涙が止まらなくて、

なんで自分はこんな夜中に隠れて泣かないといけないのか。

どこで間違って、こんなことになったのか。

もう何もわからなくて、ただ泣けて。

その涙はさ、

悲しいからじゃないよね?

寂しいからじゃないでしょ?

悔しいからなんだよ。

自分ばっかり逃げるしかなくてさ、

原因となったあいつは、

何の反省も、何の後悔もせず、

夏休み前と変わらず、同級生と笑って毎日を過ごすんだぜ?!

悔しいじゃんかよ!

あんた悔しくて泣いてんだよ。

何であんたの周りの「優しい奴ら」は戦わなくていいとかいうの?!

戦おうぜ。

戦おうよ!

そう思うのです。

自分は「戦おうぜ」派なんですけど。

みなさん「お優しい」から違うのかしら?

「よく逃げたね、もう大丈夫だよ」って言うのかしら。

何も解決してないのに何が「もう大丈夫」なの?

その優しさ、時々すごく残酷ですよね。

戦う準備

悔しいこと、嫌なことがあったら、それから逃げていい。

自分が死なないで済むように、必死で逃げて。

でもさ、逃げていいけどさ、

「悔しい」という、その感情を忘れるな。

もしあなたの周りに、

「もう忘れて前に進みなさい」とか、

「相手を許してあげなさい」とか、

そういう奴がいたら、そいつは他人の感情を何にも理解できない単なる自惚れたサイコパス野郎だから、全力でぶん殴って距離置いていいよ。

「学校」ってさ、やっぱ楽しいところなんだよ。

あなたも知ってる通り。

だから、そこに行けなくなるのが悲しいし、悔しいの。

楽しいはずの学校生活を、全然楽しめないの。自分だけが。悔しい。

だから、「学校に行かなくていい」とか、自分を騙して無理やり納得しようとか考えないで、

あなたの「楽しい学校生活」を取り戻すために、

戦う準備をしようよ。

その第一歩は、

「悔しい感情を、絶対に忘れないこと」

「戦う」ってどういうこと?

まず、勝ち取りたいゴールはどこですかね?

勝ち取った先が「今の学校への復帰」で、でも「今の学校」に対して、何もしてくれなかったっていう不信感がもうあるなら、

そもそもその学校に復帰しても別に解決にならないでしょ?

だって、もう不信しかないから、その学校に。

そしたら、転校するしかないね。転校しようぜ。

転校費用とか、全部今の学校に請求していいんじゃない?損害賠償含めて。

自分の場合、そのゴールは、「相手」への社会的な制裁だった。

それが私が戦って勝ち取りたいものだった。

中学校の時に、いじめられたのは以前話したけど、

その時、自分は「不登校」にはならなかった。

正面から戦おうとした。相手を制裁したかったから。

その中で、やろうと決意して準備していたことがこちら。

・相手の住所を調べて、家族構成を把握する。
・相手の父親、母親の職場を調べて、その職場宛てに「おたくの会社で働いているOOさんのお子さんは、現在学校でいじめをしている加害者だが、そんな子供の親の人間性が学校や近所で疑われている。そんな人間を雇用しておたくの会社はどのような人事制度なのか知りたい」という内容のメール、手紙を送る。
・相手の住所の周囲の家に、「OOさんの家のお子さんは学校でいじめの加害者で、親はそれを容認している」という内容の手紙を投函する。
・高校進学先が分かったら、その進学先の高校宛てに、合格者が加害者であり、恐らく高校でも同様にいじめの加害者となるだろう旨を告げる手紙を送るもしくは電話する。
・大学になっても、社会人になっても、その相手およびその家族が今後所属する先全ての団体/法人に同様の手紙を、一生追いかけて送り続ける旨を相手自身とその家族に伝える。
・教育委員会、警察、新聞社、テレビ局に、いじめがある旨、その加害者とその加害者家族がいかにしょうもない奴らかを、個人情報を盛り込んで伝える。加害者の両親の職場情報やその対応についても添える。

当時、私は中学2年生でした。

上に挙げたのは、当時、「これ以上悪化するようなら全面戦争で確実に相手を社会的に抹殺してやる。」という決意のもと練っていたことです。

それが原因で相手が自殺しても別に構わない。

相手が自殺するまで復讐をしたい、とも考えてました。

一家心中とか一家離散とかもいいね。

でも、結局実現しなかった。

ものすごく酷い状況は、たった5か月くらいで終わったから。

もう少し酷くなったら動こう。と常に思ってて、

ネタになるような事実が欲しくて、もっと酷くなってほしいくらいだった。(多分、他の人の認識では十分酷い状況だったかもだけど、自分的にはまだまだ足りなかった)

私が、相手が何をしてきても気にしないどころかむしろその悪化を望むくらいの雰囲気だったからか、少しずつ、いじめはトーンダウンしていった。

そして進級してクラス替えがあって、完全になくなった。

周囲の雰囲気は変わって、便乗していた人も少しずつ減ってきて、一番主導していたそいつは自分を避けるようになった。

なんか話がずれちゃいましたね。すみません。

え、やりすぎ?

うっさいわボケ。

これでも足りないくらいだろうが。

それが本心かどうか。

結局ね、

何が言いたいかというと、

何かしら決断して、

それが本当にあなたの本心かどうか。

ですよ。重要なのは。

周囲の「優しい奴」が

「学校に行かなくてもいい」と言ったから行かなくていいんじゃなくて、

あなたが本心から「学校に行かなくてもいい」と思えるのかどうか。

学校に行かなくても、今ではこんなに立派になっています。って人いるよね。

でも、その人は「あなた」じゃないよ?

「学校に行かない選択をした」という共通点だけで、

その人にはなれないからね?

あんたの人生はあんたが決めて、

人生には、「逃げる」べき時と、「戦う」べき時があることを知ってほしい。

その上で、本心から納得して「学校に行かなくていい」という結論に達したのなら、

それは正解で、誰が何を言っても正しい。

でもそれが、悔しさを我慢しての「学校に行かなくていい」なんだったら、

そこは戦おうぜ。

「いじめてくる奴」にも、

「それを容認するクソみたいな社会」にも、

そして、

「無条件で耳障りのいいことしか言わない奴」にも負けんなよ。

そいつも敵だぜ。

そう思う。

おわり

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

2

きょうへいちゃん(吉本恭兵)

CEO of LuckBook Inc. /海外にいながら日本の高校卒業資格を取得できる教育サービス「+Plus-Degree(プラスディグリー)」を世界で展開 /「ひきこもり先は、世界です」/不登校や留学や海外生活での進級・進学の不都合に、新しい選択肢を!
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。