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「松戸」というまちに思うこと

地元で生まれ育ち、地元のサイファーに行き、地元のハコの運営に関わって、地元で開業する自分。ぶっちゃけ大して深い理由はないと思っているのですが、あえて地元で生きている理由について、ちょっと考えてみたいと思いました。長くなるかもしれないし、短く済むかもしれませんが、おつきあいください。

◆「郷土愛」の芽生え◆

まず、基本的に、自分は自分が属する集団に「忠誠心」を持てないタイプです。中学生のとき、仲良さそうにしていた女子グループが、数日後にひとりを村八分にしているのを見てどん引きしたのと、そのとき丁度ジャンプで読んでいたHUNTER×HUNTERの「ヒソカは属さない」という台詞に深い感銘を受けたからです。

「ひとりひとりのために作られた【集団】なのに、なんで【個人】のためにならんことするんだろう」という違和感はこどもの頃から持っていて、これは国や会社に対して、今でも同じ強い思いを持っています。

一方で、スポーツゲームが大好きだった自分は、自ら作り上げるチーム名に必ず「松戸」を冠するようにしていた記憶があります。高校までほぼ市内で生きていたことも原因だと思うのですが、ここがおそらく「ホームタウン」という言葉を意識した初の記憶。

そういえば、授業で押しつけられる地元の名産品の話とは違う、今にもつぶれそうな映画館やゲームセンター、駄菓子屋に触れる「ジモトーク」だけは、仲間同士の「鉄の掟」の気持ち悪さを忘れて、笑顔でできていた気がします。

◆MAD CITYとの出会い◆

市内でも有数の不良中学校に通い(自称優等生なのでケンカはしません)、遠方の友人には、「松戸苦愛(マッドクラブ=漫画『カメレオン』に登場する愚連隊)の松戸だよね」と言われ、なんとなく「治安の悪いまち」「ヘンなまち」と思われてるんだろうなと思いつつ、別に悪い気はしていませんでした。

武勇伝に対して持つ誇りというよりは、「知ってもらえてる」ということに喜びを見いだしていた気がします。これをきっかけに、等身大のガンダムの胸像や、有名なラーメン屋の話ができるなら悪くない、と。そういや、自分が知っていることを人に話すときって、いきいきしますよね。

そんな謎のプライドを増幅させる出来事が「MAD CITYプロジェクト」の起こりでした。借り手のつかない空き屋を借りて、アーティストやクリエイターに安価だったりリノベーション自由で貸し出す。それを松戸駅の半径500mというごく狭い地域でやると、様々な化学反応が生まれるのではないかという試み。

ネタバレしておくと(ご存知の方もいるのかもしれませんが)、自分が現在住んでいる事務所も、FANCLUBも、その会社が運営しているのです。

陸橋や公園のトイレ、ビルなどがストリートアートで彩られていく姿にはワクワクさせられました。道路一本封鎖して、地元の居酒屋総出でやってた飲み会とかも、面白かったなあ。

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◆「なんか表現がしたい」という焦燥◆

学生時代にやらされた職業診断では、ことごとく「あなたは芸術家向き」と結果が出ていた自分。でも、絵は書けない、楽器も演奏できないような「芸術家向き」はただの社会不適合者でしかありません。

まちがクリエイティブに染まるなか、事務仕事や現場仕事のみで人生を終えることに虚しさを感じていた自分は、「表現」をなんとか仕事、せめてライフワークにできないかと考えていました。

そんなときにタイミングよく、フリースタイルダンジョンを見かけ「般若VS焚巻」に感銘を受け、さらに絶妙なタイミングで松戸サイファーのツイートを見かけたのです。あーこれは行くしかないと。

当たり前っちゃ当たり前なんですが、ラップをやる人は変わり者が多いってのが第一印象でした。でも、みんな優しかった。「集団嫌い」の自分も、ここなら少しは悪くないかなと感じていました。

そこからの流れは、M.T.Dというイベントをサイファーのみんなでやることになり、ハコを使っているうちにFANCLUBの運営を任されるようになり、月に数回イベントで使ってくれる人たちが増えてきて…そしてコロナ禍の今に至るって感じです。(この話は、続きがあるんで続報をお待ちください!)

多分、このまちもHIP HOPというカルチャーも、マイナスをプラスに見せることができるということに強みがあるんじゃないかなと思っています。元々、強い手札が配られるよりも、弱い手札をトリッキーに使って勝つ方が楽しいと思う。今のところ自分がこのまちを好きな所以はここにあると思っています。

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◆これは「松戸を取り返す戦い」◆

これで最後にします。おっさんの戯れ言に少しだけおつきあいください。

映画館は病院になり、昔遊んでいたゲームセンターはもうなく、大手デパートは撤退し、その隣にある展望レストランは20年以上回転を止めたまま。

増えていくのは、駐車場にマンション。人口が増える中で需要があるのは百も承知なのですが、このままではまちに金は落ちない。いや、もっと原始的な表現をするなら「楽しくない」んですよね。住宅が不要、というわけでなく、娯楽「も」もっとあるべきだと思うのです。

ランドマークがなくなるたびに、「ああ、俺が金持ちだったらなあ」という思いを抱きながら、思い出を振り返っていました。でも、もうそんなこと言っている歳ではありません。「普通」というカードに嘆いているヒマがあるなら、新しいカードを取りに行かないといけない。

「10億円あったら今すぐやること」を自分の力、人の力、工夫、時間…様々な要素で実現していこうと決意を新たにしています。

(…と、記事はここまでなんですがよかったら投げ銭感覚で↓こちらに寄付をお願いします。先に言っておきますが、続きはありません。ここにいただいたお金は全て地元のために使います)

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