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何にでも効く薬

高校生の頃。
海外に留学することが決まると、高校受験前より親しくしていた同級生からお餞別として「何にでも効く薬」をもらった。彼女のお祖母様が数ヶ月に一度、日本橋の三越に早朝から何百人もの列に並んで買っていたそうだ。
ある日、詳しい原因は忘れたけれど食べたもののせいで夜中に発作が起きて吐き気が止まらなくなり、薬局や病院は開いていない、眠れない、水も飲めない、さて困ったという状況に陥った。
そう言えば!と、あの何にでも効くと言われた薬のことを思い出した。「ういろう」と書いてある。
箱を開けてみると、宇津救命丸のような銀色の薬が数10粒ずつ小分けの袋に入っているのだけれど、いったいどの程度の量を飲んだら良いものか。脱水症状で震えがきている手で説明書を開いて読んでみると、大人は一回に10から20粒、急性の症状では30から60粒、症状が重ければ倍にして数回繰り返して飲むように書いてある。さらに読み進めると「牛や馬の場合は40から60粒」と。馬や牛?聞いてない。馬や牛、更には犬猫まで飲める薬って、原材料はいったい何なのか…信頼できる友人がくれた薬。変な物ではないはずなのだけれど、人間も動物も服用できる薬をこれまでに飲んだ経験がない。しかしまぁ、藁にもすがる思いで30粒を数えて、2回ほど飲んだ。すると程なくして気持ちの悪さやお腹の痛みが消え、胃がスッキリすーっとして気分が良くなってきた。動物にも人間にも効く薬のお陰でよく眠れ、翌日は普段通りの生活ができた。
さっそく薬をくれた友人に報告すると、次の帰国時にも貴重な薬の箱をいくつか譲ってくれた。
食中毒でなくても、大事な試験やコンクール前は必ずナーバスになって胃腸がやられていた。日本にいれば夜中に救急外来に行き、点滴や注射を打ってもらって(コンクールやコンサートの)会場に向かうのだけれど、パリでは簡単に救急車も呼べないしフランス語で診療を受けるのは厄介だ。こうして、フランス滞在中はこの不思議な薬が何年にも渡って大活躍し、しっかり飲みきって帰国した。

そして、昨日。
車でたまたま小田原を通ると、何やらゴテゴテした城のような建物が大通りに建っている。そこは、かつて常備していた何にでも効く薬「ういろう」を売っているお店だと教えてもらった。

ゴテゴテとした外観。のぼりにも「お菓子のういろう」としか書いていない。


その不思議な薬は、現在では日本橋三越での販売は行っておらず、小田原本店で対面販売のみでしか購入できないそうだ。ちょうど先月だったか、油ものにあたって1週間ほどまともに食事ができなくなったこともあり、不思議な薬を買って帰ることにした。
店内に入ると和菓子売り場になっていて、その奥に薬売り場があった。ご年配の薬剤師さんのような方に、ういろうを飲むようになった経緯を説明して売ってもらった。その方は、薬事法が厳しくなり、三越では売れなくなったとも教えてくれた。
懐かしい箱、懐かしい銀のつぶつぶ。10年以上もの間、私を救ってくれていた常備薬に間違いない。
さぁ、何にでも効く薬を再び手に入れることができたのだから、これで安心して何を食べても大丈夫!ではなく、不摂生には気をつけよう。

家伝霊薬、こんな箱に入っています
具合が悪くて死にそうな時に銀の粒を数えるのだ


震える手で持って読んだ説明書きは変わっていない

昨日知ったのだけけれど、歌舞伎役者市川團十郎により初演、制作された「外郎売」という演目があり、ういろうの薬効を早口言葉で演じるせりふ芸だそう。

二代目團十郎が喉の病に苦しみ、舞台に立てなくなる役者生命の危機に陥ったとき、「ういろう」を服用して回復した。二代目市川團十郎は「ういろう」の効能に感謝し、優れた薬効を舞台で披露したいと提案したところ、外郎家側は当初その申し出を辞退したものの二代目市川團十郎に説き伏せられ、台詞や舞台衣装全て二代目團十郎の創作により「外郎売」が上演されることになったと伝えられている

Wikipedia 

https://youtu.be/zjrZMhRTg78?feature=shared





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