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作文指導をはじめたきっかけと、指導の現場で大切にしていること

こどものころ、わたしは伯母が大好きでした。

伯母が帰省してくるときは、もう嬉しくて嬉しくて。

父より2歳年上の昭和16年生まれ。学生結婚をして、若いころは女性編集者として働いていたそうです。都会的でおしゃれで、お話が面白くて、伯母が母だったらどんなによかったか……と、母には申し訳ないけれど、いつもそう思っていました。

私が小学生になったころには、マスコミ文章の書き方というセミナーをやっていると聞いて、マスコミがなにかもわからないくせに、かっこいいなあ、わたしも伯母のようになりたいなあと思ったものです。

学生結婚という言葉にも魅力を感じました。子どもの思考回路とはおかしなもので、当時の私の夢は、大学生になって同棲する、でした(笑)。きっと、「伯母のようになる=大学生になって同棲する」という式が成り立っていたのでしょうね。憧れの伯母のようになるには、まずはそこからだ、と。

そのせいかどうかはわかりませんが、小学生のころは、本を読むのも作文を書くのも大好きでした。なにもしなくても国語だけはよくできる子でした。

ところが、いつの間にか書くことからは遠ざかってしまいました。恋したり、おしゃれしたりの方が断然楽しくなってしまったのです。学生時代、友人たちがマスコミ研究会などで一生懸命勉強しているのを見ても、どうせ自分には無理だし~、と別世界のように感じていました。社会人になってからもしばらくは、書くこととは無縁の世界に身を置いてきました。

三人の子どもを持ってから、不思議なご縁で、作文教育に関わることになりました。この作文教室と出会っていなかったら、わたしはヤクルトレディをやっていたことでしょう。数日前にヤクルトレディの面接を受け、どうしようか迷っていたところでした。そんなときに、拾ってもらったのが作文教室だったのです。なぜヤクルトレディかというと、保育所が併設されていたから。三人同じ保育園に入れるのは難しい状況の中、職場に保育所があるというのはなにより魅力でした。保育園問題がいちばんのネックでしたが、作文教室で働くことが決まったら、するりと三人同じ保育園に入ることができました。ありがたいかぎり。


わたしが作文指導に魅力を感じる点は、できるできないにかかわらず、どの子にも丸をつけてあげることができることです。他の教科と違い、〇か×かで機械的に評価をつけられないところ、と言ったらいいでしょうか。2~3行しか書いていない短い作文でも、光るところを見つけ出し、褒めることができるのは作文ならでは。

こんなことを書いても大丈夫なんだ!

自分の思ったことにはなまるつけてもらった!

そうやって認められることが、発信する自信につながると考えています。

わたし自身には、書く力は正直、ありません。ところが、子どもの書こうとする気持ちに火をつけることは、なぜかとても向いているようでした。作文を書くというのは、とてもプライベートなことに関わるため、まずは心を開いてもらえないと適切な指導ができないのです。ですから、何を言っても大丈夫だという安心感を持ってもらえるように、心がけています。

また、子どもは大人が思う以上にプライドが高いです。ちょっとしたことで心を閉ざしてしまいます。ですから、やはり、認められたと感じてもらうことは大事だと思っています。

この二点が、わたしが大切にしていること。

もちろん、お子さんの作文力をあげることが私のミッションではありますが、それ以上に、自信をもって発信できるようになることを応援しています。それが、自己肯定感をあげることにつながればさらに嬉しいなあ、と。

とりとめもなく書いてしまいました。構成もなにもあったもんじゃないですね(笑)

深夜のひとりごとでした。おやすみなさい!


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