ジョンマルク

当時のフランスにはまだ兵役義務があった。
それを逃れる手段として「フランス国外の会社で一年間研修奉仕をする」というのがあった。

ジョンマルクもそうして東京へ来たはずだったのだが
すでに日本人女性の婚約者がいた。

お母さんがマダガスカル島出身でお父さんがフランス人。
いい感じにミックスされて肌黒のスラリとした青年だった。
確かわたしより二つ三つ年若だった。

会社はワンフロアで各部署ごとに島のように机をかためてある。
ジョンマルクの机はわたしの正面だった。

いいなと思わないわけではなかった。
でも恋に落ちるというほどのことでもない。

心のどこかで「落とせるかな」という気持ちがなかったとは言い切れない。
ことばにさえならないくらいの小さな気持ちが。

フランスから本社の社長が来日していた。
一年の間、数回来日してくる。

ジョンマルクがわたしに目配せをする。
振り返ると社長が後ろ姿を見せていた。
首周りの贅肉がシャツの上にむんにゅ、という感じに乗っかっていた。

見てみろよ。社長のみっともない姿を。
ジョンマルクはそう言いたかったのだろう。

わたしはこの社長と当時つきあっていた。
そのことをジョンマルクに言ったらどんな反応をするのかな。

一瞬そんなことを思い、
わたしはジョンマルクに顔を戻して「うふふ」と笑った。

社員旅行。
一泊の温泉旅行だ。

宴会が終わって温泉タイムも終わった。
ジョンマルクはわたしを誘って旅館内をひたすら歩きはじめる。

最初は訳がわからなかった。
途中で「ああ、そうかそうか。する場所を探しているのか」と気がついた。

かなりの時間、連れ歩かされて辿り着いたのは舞台の上。
厚い幕のかかった舞台の上だった。

ゴツゴツした板の上。
男の欲求を満たすだけの行為。

「良かった?」と聞かれ「最高」と答えた。

この後、一度だけジョンマルクの家に行った。
わたしのアパートへも一度だけ来た。

東京で開催された結婚パーティへは何の感情も持たずに出席した。
嫉妬は一ミリもなかったから好きではなかったのだろう。

わたしは自分をばかだなあと思う。
わたしは男をばかだなあと思う。
今となっては。

当時は、当時ってもう三十年も昔のことだけど、
心底、まじめに生きていた。
真剣に一生懸命、いい人生を生きたいと思っていた。

ps。リベルテの番外編。
いま、書き直しているのです。

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