ありがとう、そこにいてくれて。

休暇明けの初日。
アルバイト先でのわたしの推し、ミゲルがいう。

「(一月後、バイバイするよ)」。
ミゲルはベネズエラ人。

スペイン語が母国語で英語が得意。
フランス語は理解力はあるが自分からは話さない。

この時も英語だった。
英語の苦手なわたし。

「(え、なになに。なんて言ったの?)」

二、三度そんなやり取りをする。
ようやくミゲルが店を辞めることを理解する。

わたしたちは最初からこうだった。
コミュニケーションが取れないのだ。

それなのにわたしたちは妙に波長が合う。
そう思っているのはわたしだけかもしれないが。

フランス人のおしゃべりにうんざりしている時に
ミゲルと目が合う。

彼は何も言わない。わたしも。
でも「うんざりだね」と目だけで気持ちを共有しあうのだ。
そう思っているのはわたしだけかもしれないが。

腕にできた火傷に真っ先に気がつくのはミゲルだ。
わたしの腕を指さして少しだけ笑う。
「(やっちゃったんだよね)」
わたしはそう言って笑う。

それだけでいたわってくれているのが伝わってくる。
そう思っているのはわたしだけかもしれないが。

おしゃべりなフランス人のあいだにいて
彼だけはおしゃべりでない。
それだけでもわたしの憩いの場となってくれていた。

本当のことを言えばミゲルはおしゃべりだ。
それが英語かスペイン語だったら。

でもわたしにはどちらも通じないから
わたしにいるときはミゲルは途端に無口になる。

わたしにはそれがちょうどよかった。
何も話しかけない人。
その時点でわたしの気持ちはあがっている。

ミゲルがいるから職場へ行くのが楽しかった。
行けばミゲルがいると思うことはわたしのやる気を起こすのに充分だった。

その彼が。
いなくなってしまう。

行く先も行ってしまう理由も聞かなかった。
たぶん、そんなことはそのうちわかってしまう。

ニースにはいると言った。
でももう会えない気がする。

いつまでもいると思うな好きな同僚。
つまらない一句!

あと四週間は一緒に働ける。
わたしの場所に彼がいてくれて幸運だった。

ミゲルに出会えた。
そのことに感謝。

楽しかったなあ!どうもありがとう。

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