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国籍を朝鮮から韓国に変えた話。

「僕は在日韓国人で、日本生まれ日本育ちだけど、国籍は韓国なんです。」
そう自己紹介する度に、ちょくちょく聞かれる質問がある。

『国籍は変えないの?』

そっかー、不思議に思う人には、きっと不思議なんだろうなー。
結構みんな、純粋な興味で質問してくれる。

実は、国籍を変えた経験なら、ある。自分の場合は、その時の実感が、日本国籍にしない理由のひとつにもなっている。

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高校生の頃だった。
朝鮮学校から帰ってきた自分に、母と姉が、こう持ちかけた。

『ねえ。国籍、変えない?』

それは、日本国籍にしよう、という話ではなかった。
みんなで韓国籍にしよう、と母は言った。

当時、うちの家族は全員、「朝鮮」籍だった。

(えっ、それって、"北朝鮮"のこと???)

読者の頭上に???が浮かぶところがハッキリ想像できるが、この朝鮮籍というのは、いわゆる"北朝鮮"のことじゃない。これは「朝鮮半島出身」という意味の記号で、国籍なのに"国"を表さないという、かなり特殊な「国籍」だ。ある意味、「無国籍」とも呼べるかもしれない。

この「国籍」が生まれた経緯は、ざっくり書くとこんな感じだ。

①朝鮮半島が「日本」だった頃、朝鮮人達は「日本人」だった。
②朝鮮半島から日本列島に働きに来た「日本人」がたくさんいて、その一部は、朝鮮独立後も日本に留まった。
③日本政府は彼らを「外国人」として「朝鮮」籍を与え(まだ韓国も"北朝鮮"も成立していない頃の話)、彼らは日本国籍を失った。
④日本では親の国籍を子供が引き継ぐので、彼らの子孫は引き続き「朝鮮」籍を所持している。(=いわゆる「在日朝鮮人」)


そんな特殊な国籍なものだから、ちょっと旅行に行くにも、手続きをするのに異常なほどの手間と時間がかかった。(いつだったか、空港の新人スタッフが目を丸くしてアタフタしていたのを覚えている。)

母と姉はそれを嫌がり(そりゃそうだ)、国籍を変えようと決心したようだった。父は頑固で、比較的「愛国的」だったので、日本国籍にしようとすれば反対される。ちょうどいい標的になったのが、韓国籍だった。

『別に私達だって、ずっと外国人として生きてきて今さら、"日本人になりたい"とか思ってるわけじゃない。その点、韓国なら、実際に"故郷"も韓国なわけで。アイデンティティ上も問題無いでしょう?もしあんたも変えたければ、ついでに一緒に変えられるってさ。どうする?』

これから大学生になってバイトして海外旅行、なんて夢を見ていた自分は、もちろん話に乗った。反対する父を反抗期パワーで押しきり、母や姉、そして自分が、韓国籍に変えることが決まった。

しばらくして自分の手に、ポンッ、と緑色のパスポートが手渡された。

手続きを母が代行してくれたこともあるが、ずいぶん、あっけないと思った。
それでもこれからは、自分は"在日朝鮮人"じゃなく"在日韓国人"なんだ。
・・・そう思うと、とても不思議な気持ちがした。何の実感も湧かなかった。

国籍なんて、ただの書類上の記号なんだ、とも思った。

身分証明の国籍欄が、少し変わっただけだった。
肌が緑色になるわけでも、心に韓国旗がはためくわけでもなかった。
「自分」は、何ひとつ変わらなかった。

周囲からの目も、何も変わらない。別に誰だって、国籍で友達を選んでるわけじゃないし。国籍が変わったからって扱いが変わるようなことも、もちろん、無かった。

インターネットを見ていると、よく「国籍で差別されたくなければ帰化すればいい」と言う意見があるけど、同時に「○○は帰化人だ」とか「○○は帰化しても○○だ」とか書かれているのも、しょっちゅう見かける。だから国籍なんか変えたって、何にも変わらない。そうやって差別とかしたがる人は、相手の国籍が何であれ、他に理由を探して、するんだし。

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先日ロンドンで、韓国から来たという韓国人に出会った。どうやら向こうはこちらを日本人だと思っていたようで、同じ色のパスポートを見て驚いていた。

『国籍は変えないの?』
もし嫌な質問だったらごめんね、と前置きをして、彼もそう尋ねた。

今のところ、変える理由が無いから変えてない。
そう答えると、彼はウンウン頷いた。

『君みたいな人達が日本に暮らしてるって話は聞いてるよ。○○ってスポーツ選手を知ってるかい?彼も君と似たような生まれ育ちで、でもいつだったか、日本の代表選手に入る為に国籍を変えたんだ。』

そう。つまり、そういうことだ。

何か面倒を乗り越えるには、理由が無くっちゃしょうがない。
せっかく手間と時間とお金をかけても、
得られるものが無いなら、意味が無い。

いつかは自分も、理由を見つけて、日本国籍を取得するのかもしれない。
でも少なくとも、それは今じゃない。そもそも、国籍なんてどうでもいい話でいちいち面倒をかぶらずに済むなら、それが一番嬉しいんだけどな。

そう話すと彼は、眼鏡の奥で目を細めて、楽しそうに笑った。

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