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21歳に寄せて

「まあ、今年は書かなくたって。」

なんて思ってだらだらと過ごしていた5月17日。
猫の寝息を横目に22時、おもむろにMacBookを開いてしまいました。

誕生日の前日、つまりその歳の〆にはいつも文章を書いています。これは10代のころからのクセで、ここまできたらやめられそうにもありません。

"わたしには文章しかない"とは決して言えないし、とりわけ得意なわけでもない。肩書きを口にする時だっておこがましさを感じて、「一応ね…へへっ」とか言っちゃう。なにが一応だ、仕事は自信を持ってやりなさい。ヒ〜ン、わかってるやい! いつもいつも、その繰り返し。

でもやっぱり、文章でお伝えすることは好きみたいです。

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21歳を語るには、20歳のわたしが欠かせない。

言わずもがな、生まれてから1秒前までのわたしすべてがこの瞬間のわたしを構成していて。「あの時にあれがなければ、今はこんなふうになってないだろう(いい意味で)」ってことを、深い夜にはよく考えたりします。

それは例えば、親の離婚だったり、転校だったり、祖母に育てられたことだったりで、大抵は自分で決めたことではないあれこれに対して思いを巡らすわけです。でもそれらに恨みはなくて、ちょっと変かもしれないけど感謝するべき出来事なんじゃないかな、と、最近は思えるようになりました。

でもそう思えなかったのが、20歳のわたしです。
ちっぽけで情けなくて過去に縋ってばかりの。

今日まで1年間やってきた21歳は、そんな20歳のわたしに対する反抗心のようなものでした。

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たまに、20歳の文章をしみじみと読み返す時があります。
わたしの手もとには鬱にやられていた時のものもたくさん残っていて。

わかりやすく過去のことしか書いてないし、まったく前を向いていない文章。先のことはおろか、現在のことさえも。どうしても過去へ過去へと寄ってしまう。まるで昔のアレコレがゆらゆら手招きしてるみたいに、ずーーーっとずっとずっと過去に縋ってばっかりでした。

反吐が出る。けど、どれもが確実にそこに生きていたわたしです。目を背けてはいけないんですけど、ほんと気持ちわるいですね。

だから21歳、ぶんぶん振り回してくれた過去たちを今度は良いように使ってやろうと。あーあー、わたしったら悪いやっちゃ。

そういうわけで、ズタボロな20歳の文章をことごとく踏み台にしてやって、最近は「過去はこう、で、今はこう!イェア」というツイートばかりしていました。

たまには、過去を引き合いに出すのも大事よ。先を見るのはまだちょっと難しくても、まずは確実に進めている今を自覚するために。「こんな時もあったみたい、でも今こんなだよ〜ん。へへっ、あたいも変わったもんだね。」を、重ねてきた21歳でした。

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そんな中で、わたしが最も大きな踏み台にしていた過去の話。

「何もできないハタチにはなりたくない」
これは10代の時に心の中で叫び続けてきたフレーズです。

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(19歳の終わりに書いたブログ…わあ)

この叫び、踏み台にするべきはハタチのわたしだったはずですが、ハタチのわたしは笑っちゃうほどなにもできませんでした。「何かができたハタチだったか?」と問うたら、答えは完全なる"NO"です。


ちょっと話が逸れるけど、そもそも10代のころ謎に強気だった理由は、高校生の時から歳上の方と関わることが多かったのに加えて、目指すべき「大学生」やその先にある「大人(社会人?)」というものにかなり疑問を感じていたことが主です。

今振り返れば、オイオイなんでこんな躍起なんだよ!とツッコミたい。いやしかも、"何も"って、、、なに?(笑)漠然すぎる。

でもやっぱり、わたしは「いやなんかそれって、ちがくない?」っていう違和感を絶対に無視できない小娘でした。違和感を抱えたままで進めないのは今もそんなに変わってなくて。

それで、強気な一匹狼になっちゃいました。
いい意味でも悪い意味でも。

あらゆる違和感に対し「わたしはわたしなりに」と無理矢理かこつけて、アホみたいにすっからかんのまま奔走していました。そうでもしないと、あんな孤独の中に立ってはいられなかったし。

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がむしゃらに奔走しているうちに、実は19歳で大きな目標を達成してしまいました。そして、その時を待ってたかのように燃え尽き症候群のビッグウェーブ。これから何をしたらいいのかさっぱりわからなくなり、ふらふら〜、とするように。

今のわたしだってまだ、あれ以上のなにかを成せる気がしません。それほどやりすぎは毒であり、小さな積み重ねのほうがよっぽど賢いと学びました。

結局、専門学校も卒業間近に辞め、居心地のよいバイトだけしてやり過ごす毎日。金もないのに酒に頼って起床はたいていお昼過ぎ。意味もなく胃に食いものを詰め込み、意味もなく寝続けてしまう。

そういうわけで、な〜〜〜〜〜〜んもできなかった愛しい20歳。

「何もできないハタチにはなりたくない」
「なのに、何もできなかったじゃんわたし」

そんな想いもまるごと抱きしめて、21歳のわたしがとことん踏んばってみました。

繰り越して熟成させた踏み台ですもの。
とてもとても良質なバネになってくれました。

安心してくれよハタチ!びよよ〜んと跳ねた感覚が今、ちゃんとここにあるからね。

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21歳の変遷。

やっとの"生活"から、だんだんと"暮らし"ができるようになっていって、今は心も体もとっても健やかです。

「先輩は文章が書けるだけですごいんですよ」
ずっと忘れられません。大好きな同居人がそう言ってくれて、わたしは今こうして仕事にすることができました。ありがとう。仕事、本当に楽しいです。

初めて酒を交わした日に「3日考えてダメなものはダメ」と言い切っていた某タカハピさん。すっからかんの21歳のわたしに一歩踏み出すきっかけを与えてくれて、今でも背中をぐんぐん押し続けてくれているのは、他の誰でもなく某タカハピ師です。なんとかここまで成長できました🐥ありがとうございます。(ビッグラブフォーエバー)(会いたすぎ)(酒)

今、周りの方々に支えられて生きています。ひとりでいるのもけっこう好きだけど、もう孤独ではありません。すべての出会いに感謝です。はやくみんなと酒を呑みたい、、、。

「自分のために生きるのも良いけど、人のためになるようなことを自ら生み出したい。それを仕事にできたらもっとすてき。」そう思えるようになったのも最近のこと。自分のことで精一杯なのは、そろそろ卒業したいもんです。

なにより、シャンと前を向いた考えができるようになりました。過去になんて縋るもんか。

ちなみに最近の名案は「戻れないなら、進むしかない」。もう忘れつつある"日常"に戻れるとばかり信じて、ただのらりくらりと待つのもツラくなっちゃって。しかもどうやら、戻れそうにない。これが大きな時代の流れのひとつなのであれば新時代へと歩みを進めるが吉、だと、わたしは思っています。

空前絶後の前向き思考。

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そして迎えた22歳。
まるで試されているみたい。

(いっけね〜〜!韻踏んじゃった。)

わたしね、なにが正解だとか本当にわかんなくってぶっちゃけすべて結果論だと思っているのだけど、自分の正義くらいは自分で貫いていきましょ〜ね。その積み重ねがいつかわたしの中で正解になっていったらベストやん、と思います。

(いっけね〜〜!徳が高い。)


はいっ🙏パァン

長ったらしく書いてしまいましたが、これでわたしの21歳を少しは締めることができたかなと思います。同時に、22歳をはじめる心の準備が整いました。

掴めるほどの実感があってなんだかとてもヨイです。


夜にもどっぷり浸かりきったAM4:16。
青い朝の時間です。(ふっふー!)

21歳のわたしと周りのみなさんにありったけの感謝を込めて。


小泉京花










ふつうの暮らしを愛しながら、 東京のすみっこで猫たちと生活してます。 おいしいごはんとお酒が好きで、映画をたくさん観る🎥 年内に登山と釣りがしたい。