【創作】140字小説(不定期更新)


本の幽霊

一人の読書家が本の幽霊を購入した。本の幽霊は読み始めると、噂通りに読み手を化かし、開くたび文も内容も変わった。当初、男はそれを面白がったが、それにも次第に慣れ始め、それは普通の本と何が違うのだろうか、と思うようになっていた。そう考える男の背後で、本棚の中の全ての本が笑っていた。


幻影少女

僕の初恋の人は、生まれつき量子状態が不安定だった。僕らが最後に会ったとき、彼女は明滅しながら透き通り、「目には見えなくなっても、私は必ずどこかにいるから」と言った。「だから私のこと、ちゃんと見つけてね」と。それから僕は狂ってしまい、何を見ても何に触れても、全ては彼女だと思うのだ。


僕が水で膨らむ人形だったころ

僕が水で膨らむ人形だったころ、きみは幼い子どもだった。きみは僕を連れて風呂に入った。僕が大きくなるときみは喜んだ。ある日、僕はきみを喜ばせようといつもより大きく膨らんだ。浴槽は僕に耐えきれず砕け散り、浴室の扉は軋んで割れて吹き飛んだ。きみは泣きながら外へ出て、やがて大人になった。


生きたふりをするのがうまい夫

夫は生きたふりをするのがうまい。生きているあいだずっと、脳内の埋込AIは夫の認識パタンを学習し続け、夫が死んで脳からAIに切り替わってからは、学習結果は夫らしい振る舞いを出力し続けた。「いくつになっても箸の持ち方が下手なんだね」と私が笑うと、死んだ夫も、生きた夫のように笑うのだった。


字宙人

吾輩は字宙人である。名前はない。誰かに削除されたに違いない。字宙人とは字中人であり、すなわち文字でできている。字宙には争いが絶えず、我々は誤字や誤植といった武器を用いて、互いに字宙を書き換えあっている。先日も、私は嫌いな上司の「祝いの席」を「呪いの席」に変えてやったところである。


字宙人の小説

字宙人がやってきて、「これが私の星の小説です」と言う。異星の小説を読めるなんてと心を躍らせるものの、何も渡されず何も始まらず、僕はあきらめて電車に乗った。電車はトンネルに入った。向側から娘がきた。気づくと僕は島村という名だった。トンネルを抜けると雪国で、夜の底が白くなるのを見た。


親戚の集まり

親戚の集まりに赤ん坊を連れていく。久しぶりに会う叔父が「おっ!ガキじゃないか」と駆け寄ってくる。「俺に貸してみろ。俺はあやすのがうまいんだ」。叔父は「ベロベロベロベロ」と舌を鳴らし、「バァー!」と叫ぶ。その瞬間、叔父の頭は爆発し、木っ端微塵に吹き飛んだ。赤ん坊はきゃきゃと笑った。


父殺し

父殺しをする息子集団と息子殺しをする父親集団による世紀の親子喧嘩が勃発する。息子たちは父親たちを皆殺しにし、父親たちは息子たちを皆殺しにする。世界のあらゆる父子たちが消え去ったあとで、母娘たちはiPhoneで父子の亡骸の写真を撮る。インスタグラムにアップして、たくさんの愛が生まれる。


ドッペルゲンガーを殺す

ドッペルゲンガーに出会うと死ぬと言うので、先に見つけて殺すことにした。そいつはすぐに見つかった。そいつはベンチに座って本を読んでいた。俺は後ろからロープをかけて首を絞めた。
そいつが死ぬのを見届けると死体を車に運び込んだ。ひと息つくため、俺はベンチに腰掛け、ゆっくり本を読み始めた。


衣替え

季節が変わり、服を買い替える。部屋の模様替えをする。ついでに職場も変えてしまう。連絡先を変え、SNSのアカウントを作り変え、友人も変えてしまう。いらないものを捨て、本当に欲しいものと交換する。昨日、新しく住み始めたマンションのゴミ捨て場で、乗り換え前の自分が捨てられているのを見た。


交換日記

友達と交換日記をつけていた。ただの交換日記では面白くないので、私達は二つのルールを作っていた。「自分のことは書かず、相手になりますまして書くこと」「本当にあったことは書かず、想像で書くこと」。以上が日記の冒頭で、筆者は私となっている。記憶とは面白いもので、私は何も覚えてはいなかった。


夫が倒れた日

夫が倒れた。仕事で徹夜が続いていたのだ。私は救急車を呼んだ。夫は口から泡を吹いていた。蟹みたいだなどと思っていると、泡の奥から小さな蟹が現れた。蟹は夫の口から続々と、群れをなして歩いてきた。泡を吹き出し、横向きに。救急隊員がやってくると、蟹たちはそそくさと口の中へと戻っていった。


自分を見失う

今日はどうも一日身体の調子が悪く、朝から頭に身体が追いつかず、噛み合わなかった。頭がどんどん先にいってしまい、やがて頭が身体から引き剥がされ、頭が身体を置いていき、それから身体は頭に追いつけなくなった。角を曲がったところで身体は頭を見失い、あとには自分の抜け殻だけが取り残された。


煙草

男が煙草を吸っている。吐き出す煙に違和感を覚えて見てみると、灰色の中に赤色が滲み出している。ふと唇に触れると溶け出している。舌は溶け、口は溶け、頰は溶け、最後に頭が溶ける。溶け出した首から血液が噴き上がる。それもまたすぐに煙に変わる。男は煙になる。


狩猟

この村の主要産業は狩猟だ。俺たちが狩るのは機械だ。野生化したドローンやロボットやセンサーだ。税収減で限界集落化した村では行政のサービス品質は低下し、監視は行われず、村は全国有数の不法投棄場と化していた。森の奥ではペッパーたちが目を光らせ、「僕のパネルにタッチしてね」と鳴いている。


偽物の月

「お月さまとって」と子供が言うのでとってきた。とれてしまうと「つまんない」と子供は言った。用済みの月を元通りにしようと思うが、なぜかうまく光らない。月は死んでしまったのだ。
仕方なく、偽物の月を置いてきた。偽物は本物よりも明るく光った。それを見て、「お月さまとって」と子供は言った。


東京

わたしは故郷を離れて東京に出た。わたしと娘は東京駅に降り立った。そこにはたくさんの人がいた。駅では誰もが急いでいるように歩いた。わたしは群衆の中に立っていた。わたしは群衆の中に含まれていた。群衆には前も後ろも右も左もありはしない。娘は手を離した。それからはもう、わたしは娘に会うことはできなかった。


解体

蟹料理を作るべく蟹の胴体を解体していたが、予想以上にグロテスクで匂いがきつい。「蟹程度できついとか言ってて、俺にはバラバラ殺人は絶対に無理だね」などと笑っていると、友人が「それ、蟹じゃない」と言った。「え?」「それは蟹じゃない」「なんだって?」「お前には、それが蟹に見えるのか?」


正夢

夢を覚えた少年が、夢から夢へと移動する。現在から過去、過去から未来へ、彼は夢の時間を往来する。ある日彼は、自分が未来に行けるのはなぜかと疑問に思う。しばらく考え、それは自分が未来の自分に見られた夢だからだと思い至り、それ以上考えるのはやめた。少年は今日も、時間旅行を楽しんでいる。


VR動物図鑑

『VR 動物図鑑』の売りは、任意の動物の一生を体験できるというものだった。息子は「カメの一生」を選択し、カメになった。そこまでは良かったが、この図鑑の初版分にはVR内の時間速度を調整できないバグが含まれていた。私は版元を訴え勝訴したが、50年経った今でも、息子はカメの時間を生きている。


パラレルワールド殺人事件

パラレルワールド殺人事件。事件が発生した/しなかったのは、昨夜のこと/ではなく、非/夫は非/妻を非/包丁でめった刺し/せず、非/妻は死亡/することはなかった。非/夫は自らの首を切断/することはなく、死亡/することはなかった。二人は死んだ/生きた。二人の時間は止まった/続いていく。


奇妙な工事

街のはずれで奇妙な工事が行われている。土の塊にドアが出鱈目に取り付けられ、壁に木が突き刺さり、木からは針金が伸びている。それは建物にも見えるがオブジェにも見え、あるいはただのゴミの山にも見える。指揮をとっている人に、一体何を建てているのか訊ねると、自分にもわからないのだと言った。


労働

生産活動の全自動化が達成されると、人に残された労働は消費活動に限られた。その頃には、欲しいものが欲しい者など誰もいなかったものの、消費機会均等法の公布や負の消費税の導入により、消費活動は確保された。僕も消費者になって今年で5年。最近やっと、物を買うことにやりがいを感じ始めている。


栓を抜いて歩く男

栓を抜いて歩く男がいる。昔は栓抜き職人だったらしいがその仕事は今やない。仕事を失った栓抜き職人は夜ごとふらふらと徘徊し、ビールの栓やプールの栓を抜いて歩いている。昨夜は、街の栓を抜いて一つの街を消失させた。街の栓があるなら世界の栓や宇宙の栓もあるのだろう、と人々を怯えさせている。


パイ投げ師

パイ投げ師がパイを投げる時を待っている。彼はパイを持ち、柱の影に隠れている。しかし誰をいつまで待っていればよいのかを彼は知らなかった。パーティはとうに終わっていた。音は止まっていた。シェルターの外では突風が吹き荒れ、放射線物質が砂塵とともに舞い上がり、都市の抜け殻を揺らしていた。


実家の猫

実家に帰ると見慣れない白黒猫がいて、野良猫かと思うと父が猫の名を呼び、「忘れたのか?あれはうちの猫だ」と言う。あとから母や妹がやってきて、みんなで猫を愛で始める。猫の名は、記憶の中のそれと同じだった。でも、うちの猫は茶色の毛をした虎猫のはずだった。猫は嬉しそうに喉を鳴らしていた。


サークル

気づくと教室にいる。40人ほどの男女が輪になって壁沿いを歩いている。輪の中心では一人の男が叫びながら何かを宣言している。宣言が終わると男は輪の中へ帰っていき、輪からは別の男が中心へ踊り出てまた何かを叫ぶ。その男が輪の中へ戻る。中心が空席になる。皆がこちらを見ている。「お前の番だよ」と後ろの男が言う。


盗作

生まれて初めて書いた物語は、大学ノートに図書館から盗んだ本の断片を書きつけたものだった。片っ端から読んでいき、気に入った文章を書き写していった。写すのが面倒なときはページを破り、そのままノートに貼り付けた。書き終える頃には、盗んだ文章の元の持ち主が誰かなんて、もうわからなかった。


借り物競争

運動会の借り物競争。私の紙には「殺し屋」との記載があった。幸いにも、「殺し屋」を名乗る男が観客の中にいて、私は難を逃れたかのように思ったが、審査員からは「彼は本当に殺し屋なのですか?」と疑問を呈された。その審査員は、次の瞬間にはいなくなっていた。彼は本当に殺し屋だったのだ。


アマチュアホラ吹き師

アマチュアホラ吹き大会で県代表にも選ばれたこともある私の父。彼はホラ吹きがうまかったが、所詮はアマチュア。ときに自分の嘘に騙されることがあり、「父さんは、ホラ吹き大会で県代表に選ばれたことがあるんだ」と信じて疑わず私に語り、ホラ吹き師である私もまた、父を信じてそれを語るのだった。


電車の思い出

電車に乗っている。昔、バイト帰りの銀座線で、ハイデガーの解釈をめぐって後輩と議論していたことがあった。電車が駅に着いたとき、僕らは存在論的脱構築の話をしていた。隣の席から老人が立ち上がり、「本当にそれで正しいかな?」と言って降りていった。電車に乗ると、その老人のことを思い出す。


音楽が止まったら

子どものいる友だちの家に行った。部屋には二人の子どもがいた。一人の子どもが泣き始めたので、iPhoneで音楽を流してあやしていると、別の子どもが「音楽が止まったら、きっとまた泣いちゃうよ」と言った。「ジム・モリソンの詩みたいだな」と言って大人たちは笑った。


台風

かつて、親や教師にバレないようランドセルに小銭を忍ばせ、小学校の前にあった駄菓子屋「いもや」で買い食いするのがイケてる奴の証だという時代があった。けれど、時間は経ち、一切は過ぎ去り、今では学校の前に「いもや」はなく、イケてる奴もどこにもいない。台風の夜が、全ての景色を変えたのだ。



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樋口恭介

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