【翻訳】The Eyes Have It by Philip K.Dick

エイリアンによる侵略は始まっている。
私は偶然その事実を知ることができた。しかし――気づけたところまではよかったのだが――今のところはまだ何の打開策も打てていない。何の策も思い浮かばないのだ。ひとまず私は政府に宛てて手紙を出した。政府から回答はなかった。政府からは、返事の代わりに住宅リフォームのためのパンフレットが送られてきた。

そのとき私は椅子に座ってペーパーバックのページをめくっていた。ペーパーバックは誰かがバスに置き忘れていったものだった。私は何気なくパラパラとページをめくって眺め、そしてそのレポートに出くわした。その記述を見つけたとき、私はしばらく放心して動けなかった。理解するのには時間が必要だった。しかし、一度すべてを理解してしまうと、それまで侵略に気づかずに過ごせていたことが嘘のように思えた。

そのレポートはエイリアンの生物学的特徴について説明していた。彼らは姿を隠し、姿を変えて、地球人の中に混ざっていた。彼らは透明になることさえできた。エイリアンのうちの一体は、著者に観測されていると気づいた途端に透明になったのだと、その本には書かれてあった。著者がエイリアンについてのすべてを知っていることは明らかだった。読み始めてすぐに、私はそのことに気づいた。そう、著者はすべてを知っていた――すべては彼のペースで書き記されていたのだが。
たとえば以下の記載。この記載を思い出すと、私は今でも恐ろしさに震えてしまう。

 ……彼の眼はゆっくりと部屋中をさまよった(*1)。

言いようのない寒気が私に襲いかかった。私は動く眼玉の姿を想像しようとした。それらの眼玉は骰子のように転がって移動するのか? 私は最初そう考えた。しかしそうではない。続く文には次のような意味のことが書かれていた。「眼は空中を浮遊して移動しているように見えた。それらは床や壁など、物体の表面を辿るわけではなかった。そうした方法よりもずっと速く、そして正確に移動できるようだった」
眼玉が空を飛ぶ。それはまぎれもなく異常事態のはずだ。しかしそうした異常事態にもかかわらず、本の中の登場人物たちは誰も驚くことはなかった。その理由はすぐにわかった。

 ……彼の眼は人から人へと移り続けていた。

一言で言えば、眼玉はそれ自体で独立した生命体だったのだ。私はショックのあまりに心臓が破裂しそうになり、息が止まりそうになった。常識とあまりにもかけ離れた記述にめまいがした。しかしこれは地球の常識が通用しない世界の話なのだから、私の常識とかけ離れているのは当然のことだ。エイリアンたちは、エイリアンたちの常識を生きているにすぎない――そう、そこに描かれている登場人物はみなエイリアンなのだ。しかし、それでは著者はどうなのだろうか? 語り手への疑義がゆっくりと私の頭をもたげ始めた。私は読み進めた。

 ……今では彼の眼はジュリアに移った。

ジュリア。おそらくは女性であるその人物は、本の中で怒っているように荒い呼吸をしていた。彼女の顔は真っ赤で、眉は吊り上がっていた。私は彼女が地球人であることを確信し、安心してほっと一息ついた。そこにいる全員が、エイリアンであるわけではないのだ。物語は次のように続けられた。

 ……ゆっくりと、落ち着いた様子で、眼玉は彼女の身体のあらゆる部位の長さを調査しているようだった。

ああ、なんということだろう。彼女はエイリアンに観察され分析されているのだ。しかしそれから彼女は後ろを振り向き、眼玉による調査は終えられた。
私は本から目を上げると、恐怖にあえぎながら椅子にもたれかかった。私のその様子を見て、妻が不思議そうな顔をしていた。
「何かあったの?」と妻が言った。
私は何も答えることができなかった。妻には――彼女のように平和な日常を送る良識的な一般市民には――荷が重すぎる話だと思った。私はこの問題を自分の中だけにとどめておくことにした。「いや、なんでもないよ」と私は言った。
私は本をかかえて立ち上がり、そのまま部屋を出ていった。
私はガレージに向かい、そこで本の続きを読み進めることにした。恐怖のできごとはさらにエスカレートしていた。私は震えながら、以下に続く告発文を読んだ。

 ……彼はジュリアに腕を回した。彼女は彼に「ねえ、腕を外してくれない?」と言った。彼は笑い、すぐに腕を外した。

取り外された腕が、そのあとどうされたかについては書かれていなかった。おそらく部屋の隅に放置されたのだろう。もしかしたら捨てられたのかもしれない。私にはわからない。いずれにせよ、私が直面した事実はそれだけだ。書かれていたのはそれがすべてだった。
その事実からわかることは、エイリアンたちは自分の身体を構成する部位を、自由自在に取り外すことができる生命体であるということだった。眼玉、そして腕――おそらくはそれ以外の部位も。そうすることに何の抵抗もなく、睫毛の一本も動かすことなく。私の持つ生物学の知見では、その能力的特徴は明らかに、単細胞生物のような原始的な生物のものだった。ヒトデと同等か、あるいはそれ以下の複雑性を持った生物の。

私は続きを読んだ。そして私はそこで、最も信じられない事実に直面させられ、それまでで最大のショックを受けることになった。

 ……映画館の外でわたしたちはわかれた(*2)。わたしたちのうち一人はその場にとどまり、もう一人は夕食のためにカフェへと出かけた。

「わかれた」。これは明らかに単細胞生物による分裂を示している。ここでは、一つの個体が分裂し二つの独立した個体になっている様子が説明されている。おそらくカフェに向かったのは歩くために脚を必要とする存在――下半身だ。そして残ったのは上半身。眼を使って映画を観るためだろう。
私はがたがたと手を震わせながらその本を読み続けた。

 ……かわいそうなビブニー。彼はまた、頭を失ってしまった(*3)。

 文は次のように続く。

 ……それからボブは「彼には腸がないんだ(*4)」と言った。

腸がないと言われた人物は、腸がなくなっても平気な顔をしてあたりを歩き回っていた。次に紹介されている人物も同じだ。腸なしの人物と同じくらいに奇妙な存在。彼は次のように描かれていた。

 ……彼の脳はまったく欠け落ちていた(*5)。

驚きはこれだけでは終わらない。次の文でもまた、疑いようのない衝撃の事実が語られる。唯一の地球人であると考えていた一人の登場人物〈ジュリア〉が、他の登場人物と同様、エイリアンであることが明らかにされるのだ。

 ……ジュリアは彼女の心臓を、その青年に与えた(*6)。

心臓と書かれていたその臓器が、本当はどういった機能を有する臓器だったのかはわからない。しかし、ジュリアもまた、ほかの登場人物たちと同じような原理で生きる生命体であることは間違いない。心臓がなくとも、腕がなくとも、眼玉が、脳が、内蔵がなくとも、彼らは生きることができる。必要とあらば、まったくためらいなく、真っ二つに分裂することさえできるのだ。

 ……すると彼女は、彼女の手を彼に与えた(*7)。

私は頭をかかえた。その男は今や、女の心臓と手を両手に持っているのだ。ここに至るまでに彼らが一体何をしでかしてきたのかということに思いをはせて、私は身震いをした。

 ……彼は彼女の腕を取った。

いちいち頼みこんで身体のパーツをもらうのが面倒になってしまったのか、彼は今や、自分自身で彼女の身体を解体しはじめていた。流れ出す、深紅の血液。私は叩きつけるように本を閉じると、すばやく立ち上がった。しかし私は本から逃れ切ることができず、閉じようとした瞬間に次のような文章が目に入ってきて、私にとどめを刺そうとするのだった。

 ……彼女の眼玉は彼のあとを追って、草原を転がり落ちていった。

私は追われるようにガレージから飛び出して、暖かい家の中へと急いで戻っていった。妻と子どもがキッチンでモノポリーをして遊んでいた。私はそれに加わり、彼女たちと一緒に遊び、熱に浮かされたように興奮して、ぺちゃくちゃと喋り続けた。
こんなことはもうたくさんだ、と私は思った。もう何も知りたくない。何も聞きたくない。エイリアンたちめ。来るなら来ればいい。好きなだけ侵略すればいい。もう関わり合いになるのはまっぴらだ。

そのときの私はもう、完全に胃を失っていた(*8)。



【訳者註】
*1 eye:眼/まなざし。本文に登場する眼はすべて原文ではeyeであり、まなざしとのダブルミーニングになっている。
*2 split up:分かれる/別れる。
*3 lose his head:彼は頭を失う/彼は冷静さを失う。
*4 no guts:腸がない/勇気がない。
*5 lacking in brains:脳が欠け落ちている/思慮に欠けている。
*6 give her heart:彼女の心臓を与える/彼女は恋に落ちる。
*7 give her hand:彼女の手を与える/彼女は手を差し伸ばす。
*8 no stomach:胃がない/やる気が起きない。

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樋口恭介

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