【不定期連載】失われた未来を求めて(5)

※本文はプロトタイプです※

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ここまでで、デザイン/フィクション/リアリズムと、三つの分野における〈スペキュラティブ〉のあり方について確認してきた。しかし一方で、それらが混ざり合った中間的なあり方、スペキュラティブ・デザインとしてのスペキュラティブ・フィクション、あるいは、デザインのためのスペキュラティブ・フィクションとも呼べる概念も存在する。その概念は、〈デザイン・フィクション〉と呼ばれている。
〈デザイン・フィクション〉を提唱したSF作家のブルース・スターリングは、それについて次のように説明している。
「デザイン・フィクションとは、未来になっても何も変わらないだろうという考えを見直してもらうために活用する、物語的プロトタイプのことだ。ここで重要なのは「物語的(diegetic)」という言葉だ。未知のオブジェクトやサービスが生まれる可能性について真剣に考えること、そして、世間一般の事情や政治的トレンドや地政学的な策略よりそっちの方に、みんなの力を集めようとしていることを意味する言葉なんだ。デザイン・フィクションはフィクションの一種じゃない。デザインの一種だ。それは、ストーリーというより、世界を伝えるものなんだよ」(浅野紀予「デザイン・フィクションとデッドメディア」)

SF作家であり、そしてインテル社の未来予測部部長でもあるブライアン・デイビッド・ジョンソンは、ブルース・スターリングのデザイン・フィクション概念を受け、SFは未来世界のビジョンをわかりやすく提示するための一種のプロトタイプなのだと言い、自身の所属するインテルなどのテクノロジー企業の製品開発現場において、実際にデザイン・フィクションを用いた製品開発――彼はそれを〈SFプロトタイピング〉と呼んでいるのだが――を行っている。彼はこう言っている。
「私が思うに、プロトタイプとは一つの虚構なのだ。それは製品に関する物語であり、空想による描写なのだ。プロトタイプとは、私たちが実際に作りたいと思っているもの自体とは違う。あくまで一つの例であり、いつの日か完成させたいと願っているものを大まかにまとめたものなのだ。この役割はソフトウェアであっても、コンセプトカーであっても変わらない。プロトタイプは、作りたいもの自体ではなく、作りたいものについてのストーリー、あるいはフィクションなのだ。そのストーリーをたたき台にして、いつの日にか作りたいと思っているものをあれこれ考えたり、あるいは説明したりするのである。[…]SFプロトタイプは、虚構によるプロトタイプの一種として、新しいレンズをもたらしてくれる。そのレンズを通せば、新しい理論を別の形で見ることができる。それによって自由な考察ができ、最終的には、より先の段階にまで行けるのだ」(ブライアン・デイビッド・ジョンソン『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』)

デザイン・フィクションはSFの力を以て未来をデザインする。しかしながら、そもそもSFはその歴史のはじめから、社会の未来をデザインしそこに向けて社会を駆動する力を、原理的に内包していたのだとも言える。
SF作家・評論家でありニューウェーブ/スペキュラティブ・フィクションの立役者的な編集者でもあったジュディス・メリルは、1972年、それまで自身が実際に体験してきたSFの歴史とそれにまつわる回想をまとめた書物、『SFに何ができるか』の中で、SFと現実社会の関係性について次のように考察している。
「歴史的に見て、二〇年代中頃から一九五〇年までのアメリカSFは、宇宙時代の百科事典の役割を果たしたらといってもまちがいないだろう。初期の科学小説の作家は、著しく福音唱道的だった。宇宙飛行、原子力、サーボ機構、効率のよい汎世界的な視聴覚通信網、水耕農園、必要資材の化学合成などが、実現可能であり、実現される日の近いことを、当時の彼らはすでに知っていた。[…]SFが原子力や宇宙飛行やサーボ機構に対して事前に与えたPRは、四〇年代後期から五〇年代にかけて、これらの現実の発展がSFに与えたPRで、全面的に報いられることになった。(しばしば、現役の科学者、科学解説のライター、そして/あるいはSF作家を、おなじ顔ぶれが兼ねていた――ウィリー・レイ、アーサー・クラーク、アイザック・アシモフ、ジョン・ピアース、ノーバート・ウィーナー、ハリイ・スタインなど)あるいは、タマゴとメンドリ式に言えば、これらの発達が五〇年代のブームに与えた推力は、それに先立つ二〇年間の科学小説とその後継者からのフィードバックであった」(ジュディス・メリル『SFに何ができるか』)

SFと社会のあいだには、「タマゴとメンドリ式」の関係性があるのだとジュディス・メリルは指摘する。これについてもう少し具体例を挙げてよう。たとえば、現代社会に最も身近な影響を与えたSFジャンルと言われるサイバーパンクについて。
前述のブルース・スターリングとともに〈サイバーパンク〉の立役者となったSF作家ウィリアム・ギブスンは、1984年、サイバーパンクのバイブルとなるSF小説『ニューロマンサー』を書き上げる。そこでギブスンは――パーソナル・コンピューターもなければサーバーも一般的でなく、当然ながらネットワークという概念もワールド・ワイド・ウェブという概念も一般的ではなかった世界において――、「サイバースペース」というスペキュラティブな概念を提示し、未来のインターネットの構想に大きな影響を与えることとなる。ギブスンがサイバースペースの夢を見てから4年、1988年には商用ネットワークがサービスを開始され、6年後の1990年には世界初のワールド・ワイド・ウェブ専用サーバーが誕生する。10年後には一般ユーザー向けのサービスが展開され、インターネットは――サイバースペースという言葉とイメージを世界中に振り撒きながら――爆発的な普及を開始する。
そして『ニューロマンサー』から35年。現在の私たちはサイバースペースの存在が前提化され、あらゆるものがネットワークに接続され通信されデータ化されアルゴリズムで解析され駆動され、絶えずソフトウェアとハードウェアの世界が交叉する時代に生きている。日本政府が「Society5.0」と呼ぶ現代という時代は、一冊のSF小説から始まったと言っても過言ではないのである。そしてもちろん、ウィリアム・ギブスンが撒いた未来の種は後継者たちへと受け継がれていく。――それにしても、こう書くとまるで、そこには悪いことなど一つもなく、SFの無限の想像力によって羽ばたく、明るい未来が広がり続けていくかのように読めるかもしれない。たしかにそれは部分的には正しい。しかし他方ではそれは、読まれなおし語られなおすたびに、未来のイメージが固定化され単一化され再強化され原理主義化される、一種の「未来の過去化」「未来の遺産化」と呼びうる過程でもあるのだった。

Amazonの創業者ジェフ・ベゾスは、ニール・スティーヴンスンによるサイバーパンクSF『ダイヤモンド・エイジ』から着想を得て、電子書籍リーダーのKindleを生み出した。Googleの創業者セルゲイ・ブリンは、スティーヴンスンによるサイバーパンクのもう一つの傑作『スノウ・クラッシュ』を通じて、バーチャル・リアリティに関する洞察力を養った。Oculus VRのチーフサイエンティストとして知られるプログラマ、マイケル・アブラッシュも、自身の愛読書にニール・スティーヴンスンを挙げているほか、近年ではアーネスト・クラインやヴァーナー・ヴィンジからの影響を語っている。PayPalの創業者であるリード・ホフマンとピーター・ティールもまた、セルゲイ・ブリンと同様『スノウ・クラッシュ』に大きな影響を受けており、起業前の多くの週末を、同作の内容について議論を交わして過ごしたのだと語っている。――なお、ピーター・ティールはドナルド・トランプ支持者の筋金入りのリバタリアンであり、現在は右派加速主義(資本主義を加速させることで技術発展を加速させ、シンギュラリティに至ることを標榜する思想)の代表的なプレイヤーとしても知られている。ピーター・ティールに限らず、ソフトウェア・エンジニアでありTlonというスタートアップ企業の創業者であり、そして「メンシウス・モールドバグ」名義でリバタリニズム的思想を発信するブログ活動を行っているカーティス・ヤーヴィンなど、プログラマ/エンジニアやテック系起業家とスペキュラティブな想像力、それから反動的な政治的立場は親和性が高い。その傾向は日本であっても同様で、たとえば日本では堀江貴文や落合陽一といった名前が挙げられるだろう。――一般的に、革新的で進歩主義的で技術主義的であると見なされる左派/リベラリストよりも、現代においては右派/リバタリアンのほうがよほど革新的で進歩主義的で技術主義的なのである(なお、ここで取り上げた「加速主義」と呼ばれる比較的新しい思想潮流については、章を分けて詳述する)。
そう、彼らテック系リバタリアン/右派加速主義者は、SF小説を読んで夢を見て、そして自らの「本当に欲しかったはずの未来」を実現しようとしているのだ。たとえそれが、かつて黎明期のSF作家たちが夢見たユートピアとは程遠いものであったとしても。

デザイン・フィクション、あるいは製品プロトタイプとしてのSF小説――デザインのためのスペキュラティブ・フィクションを、未来を構想するための道具として活用するのは民間企業だけに留まらず、政府の取組、あるいは国家全体の政策として執り行う事例も多くある。
たとえば米海兵隊。世界中で、多くのテック系企業がSF作家をコンサルタントとして雇用していることはよく知られているが、米国では民間企業だけでなく、NATOや海軍といった政府関連組織でもSF作家をコンサルタントとして招き入れている。
海兵隊が発行する雑誌『Marines magazine』では、上級士官向けには「来るべき世界を想像し、それに備えるために必要な投資が何かを考える」ために、下士官向けには「彼らが上級士官やとなったときにどんな世界が訪れているかを想像し、そうした未来が現実になったときに動揺しないようにする」ために、SFコラムを掲載している。また、ヴァージニア州クワンティコにある海兵隊戦闘研究所の未来理事会は、2016年、上級士官を対象として、「未来に起こりうる脅威」に対する想像力を働かせるために、SF作家とペアを組んでSF小説を書かせるワークショップを開催した。ワークショップは数ヶ月にわたって執り行われ、その結果制作されたSF小説は、『Science Fiction Futures: Marine Corps Security Environment Forecast 2030-2045(SFの未来:海兵隊安全環境予測 2030-2045)』と題されまとめて発表された(2019年現在、PDFはオンラインで公開されており、誰でもアクセス・閲覧・ダウンロードが可能となっている)。
そして、近年「デジタル・レーニン主義」と呼ばれるデジタル化政策を掲げ、共産党主導で急速に国全体のデジタル化を推し進めている中国も、SF作品を国家ビジョン構築の参考にしている。イギリスのSF作家ニール・ゲイマンによれば、2007年に中国で行われた「党主導のSF大会」において、共産党幹部と対話したところ、共産党幹部はSF大会を共産党主導で開催することについて、次のように語ったという。
「この数年間、私たちは製造業で素晴らしい功績を残してきました。iPodを製造し、電話を製造してきたのも私たちです。私たちは世界の誰よりも製品を製造することに長けていますが、製品のアイデアを考え出したのは私たちではありません。そこで、アメリカに訪れ、Microsoft、Google、Appleなどから話を聞くことにしたのです。そこで働く人々に私たちは沢山の質問をしました。それによって分かったのは、彼らが皆SF小説を読んでいるという事でした。だからこそ、SF小説を読むことは良いことなのかもしれないと考えたのです」(WIRED「米海兵隊は「2030年の闘い」に備えるためにSFを読む」)

以上、現実に力をおよぼす(=デザインする)フィクションとしてのSFについて、いくつかの例を確認した。SFには現実を創り出す力がある。ブライアン・デイビッド・ジョンソンが熱っぽくそう語る通り、SFを現実世界の未来のプロトタイプととらえ、あたかも現実のものとして扱うことこそが――すなわち、「現実と虚構の〈生産的〉な混同」こそが――、「現在の科学的思考という枠を外し、押し広げ、拡張」してきたのだと言える。
フィクションによってリアルをデザインすること。虚構によって現実を改変すること。SFを用いて未来を構想し、未来に向けて社会を推進するということは、原初のSFから現代のSFに至るまで、まるでそれがSFの社会的使命の一つであるかのように、連綿と続いているのだ。――良きにつけ悪しきにつけ。
次章では、現代におけるSFの、最も論争的な〈社会デザイン〉の例である、〈加速主義〉と呼ばれる思想潮流について見ていこう。

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樋口恭介

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