C:2018/3/5-6 京都旅行①

・東福寺

彼と京都旅行に行きました。全体的に移動はわちゃわちゃしていたけど、ゆっくりした旅行ができたのでよかったです。

1日目は京都駅の近くをまわりました。東福寺は、前回の京都旅行でも行った推し寺です。何故かって、とにかく庭が可愛い。
東福寺の一部の庭しか行ったことがないので、正確に言うと推し庭かもしれない。

東福寺方丈の「八相の庭」が好きです。
方丈は、禅宗院寺院における僧侶の住居。東福寺方丈は明治23年に再建されたものなので、現代木造建築という部類。
その周りには、東西南北に4つの庭が配されています。その庭の中の8つの部分を「八相成道(釈迦の生涯の8つの重要な出来事)」に見立てて、このように命名されたらしい。ちなみに、方丈の四周に庭園を巡らせたのは東福寺だけ。庭園は作庭家重森三玲によって1939年に完成されたもので、鎌倉時代庭園の質実剛健な風格を基調に、現代芸術の抽象的構成を取り入れているとのこと。
私は「井田一松」と「北斗七星」が好きです。中でもかなり現代チックな庭園。

庭は好きだけど東福寺について全然知らなかったので、調べてみました。
1255年(鎌倉時代)に、摂政九條道家によって完成させられたもの。奈良における最大の寺院である東大寺、また奈良で最も盛大を極めた興福寺になぞらえようとの念願で「東福寺」と名付けられました。

その後被災しますが、1346年には仏殿の上棟が行われます。仏殿本尊の釈迦仏像は15m、左右の観音・弥勒両菩薩像は7.5mで、足利義持・豊臣秀吉・徳川家康らによって保護修理も加えられ、東福寺は永く京都最大の禅寺としての面目を伝えます。
明治時代に惜しくも仏殿・法堂(はっとう)、方丈、庫裡(くり)を焼失しますが、1910年には再建。鎌倉・室町期の国宝・重要文化財を有する寺として、現代まで続いています。

開山(寺院を創始した僧)は、円爾弁円(えんにべんえん)。後に花園天皇から聖一国師の名を贈られるが、これは日本禅僧最初の腸号。
水力をもって製粉する器械の構造図を伝えて、製麺を興したり、静岡茶の原種を伝えたりしたらしい。えらい。

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