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愉快なマネキ

我らが寮の前には巨大な招き猫が居る。
それは四年前のある日の早朝、寮の玄関を塞ぐようにし突如として現れた。犯人探しに叩き起こされた我々寮生の怒りと困惑を背に、そいつはツヤツヤと朝日を浴びていた。
結局動機も犯人もわかることはなく、私達は一階の木製窓から這い出し、朝っぱらから運悪き男達六人がかりで玄関横にずらしたのだ。

最初こそ大切な睡眠時間をと恨んではいたがこの招き猫、偉そうに平然とさせた表情やくるんと茶目っ気のある髭、らんらんとした大きな眼、まあるい手先、ずんぐりむっくりと大きな体、とにかく丸くむっくりと、見れば見るほど不思議な愛嬌があり、割と早めに受け入れってしまった。他の寮生も同じだった様で、しかしそんなことを言って「じゃあ持ってけ」やら「お前が犯人か」やらと文句を言われては敵わんと黙っていたらしい。懸命である。

何故ファンである事が発覚したのか。
実はこの招き猫、よく動くのだ。
最初の発覚は確か招き猫登場から二週間程経った時の事だ。朝起きてトイレに向かっているとと玄関先、招き猫の前で寮生らが首をひねりウンウンと唸っているのが見えた。
そのうち一人がハッとした顔でこちらへ近付き、「この招き猫、最初は左を上げてなかったか?」と言い出した。
何を言っているのかと言いながら見ると、確かに何か見慣れない。しかし「本当だ確かに違う」と言えるものだろうか。だってそれはこの瀬戸物が動いたとでも言いたげではないか。それにコレをよく見ていると思われるのも私は望んでいない。
「まさかそんな馬鹿な」と言うと「俺は結構この招き猫を気に入っている。出掛けには必ずお腹を撫でたりしている。だからこの違和感は本物なんだ!」と熱く語りだした。
ドウドウと手でバリアーを作りつつ、しかしどうしようも次に続く言葉が見つからない。とりあえず例に習い「うーむ・・・」と唸って首をかしげた。

「何か違和感がありますねエ」
と、しかし誰も下手な事など言うまいと誤魔化していたその翌週、また我々寮生は騒ついていた。招き猫が両手を下ろしていたのだ。

「誰かがすり替えているのではないか」
正論である。この街の何処かにこの招き猫の形違いが沢山置いてあり、我ら大学生に非日常的苛立ちと癒しと困惑を提供するが為、時折人知れず交換しているのだ。愉快犯め。
「そうと決まれば皆で見つめてやろうじゃないの」嗚呼非日常。見ず知らずの愉快犯のしてやったり顔を思い浮かべながら、しかし仄かに浮き足立つ気持ちを抑えられずにいた。

招き猫の背にバツ印を付け、夜な夜な持ち回りで招き猫を見守る。たまに五円玉や猫じゃらしをお供えしたりと抑えていた愛情も溢れ出していた。「マネキちゃん」と呼ぶは隣人、今や全員である。
だがしかし期待も虚しく、今週は平和なものだった。今日も今日とてマネキも動く様子はなく、平和にも鼻先にモンキチョウが止まっている。
そして今夜は次の日皆が休みという事で、みんなでマネキを見ながら酒盛りをする予定だ。
ううむ、浮き足立つ。愉快犯の術中じゃないか。私はマネキに別れを告げ、つまみを作りに部屋へ戻った。

夜、銘々にツマミと酒を持ち寄り宴会が始まった。唯一車を入れられる門は閉め、見回りをし、そしてマネキの前にはツナ缶がお供えされている。完全無欠の要塞だ。一階窓際にテレビを置き、格闘ゲーム大会も始まった。飲む人叫ぶ人遊ぶ人、マネキを囲み語る人、三者三様に夜は更けていく。

「昇龍拳!!」
いつの間にかゲーム組は決勝戦を始めた様で、その声に皆がそちらを眺め、戻したその瞬間、「あ゛あ゛!!」
マネキが香箱座りになっていた。
囲んでいた奴らは急に目の前に現れた巨大な猫顔に驚き腰を抜かした。ツナ缶は空になっていた。愉快なマネキは紛れもなく動いたのだ。

マネキは今も変わらず我らが寮にいる。
背中のバツ印も健在で、相変わらずお賽銭や猫じゃらし、猫缶が置いてあり今や立派な看板猫だ。
「ただいま」
私は猫缶の隣にチュールを置き、日に当たってぽかぽかと暖かい、丸出しのお腹を撫で、寮へ戻った。

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