見出し画像

The Beatles "Now and Then" / Songs of Those Days - February 1983, Tokyo

この文を書いている2023年11月は、一の酉の直前に突然、寒くなって、北の方では初雪、関東でも初氷が相次いでいるという。
昔も今も、寒さに違いはないと思うのだが、今の私の齢では、寒さもそうだが、風邪をひくのが怖い。情けないが。

1983年の1月から3月のことは、今でもよく憶えている。
その記憶の中心である町は、私の家(親の家)の町から電車で5、6駅のところにあって、中学、高校の時期に、買い物や喫茶店、バンド練習でスタジオと、よく足を運んだ場所だった。

電車を降りて改札を出た駅前の道は狭く、古い大きな建物がいくつか建っていて、ここでは陽射しも弱まるんじゃないかという気がする、何となく薄暗い道だった。
その道を左手に進み、交差する広めの道を右手に降りていく、この道がとても好きだった。
自分の住む町には無い、大きな、広い坂。
冬だと冷たい風もよく抜けるから、この坂を上り下りする時には、えいっ、と思い直してから足を動かしたことを憶えている。


今月リリースされた、ビートルズの新曲(そして最後の曲)「Now and Then」を聴いていたら、この頃の、この町のことを思い出してしまった。
寒々しく、若々しく、同時に切ない。

初めて聴いたビートルズのLPは何だったろう。
1978年か1979年に、「Revolber」、「Abbey Road」、「赤盤・青盤」をほぼ同時期に、異なる友人に聴かせてもらい、カセットテープに録音してもらったのだった。
好きになったのは「Revolber」と「Magical Mystery Tour」(この頃、映画がTV放送されたのだ!)だったが。

新曲であり、最後の曲(The Last Beatles Song)という「ナウ・アンド・ゼン」を先週、初めて聴いた時は、ジョンの作品、中でも「Mind Games」収録曲の雰囲気みたいだな、ビートルズらしくない曲調だな、と感じたのだが、何故かとても、非常に、切なく聴こえた。

何度も聴くうちに、ビートルズらしくない曲、と感じたのは、1970年までの彼等らしくはない曲、ということなのだと理解できた。
「バンド解散後」に、「メンバー1人とは全くコミュニケートできなかった」が、「メンバー1人とは部分的(時限的)にコミュニケートできた」し、「メンバー2人は完成までコミュニケートできた」経過を持つ作品なのだ。

切なく聴こえたのは、私が今の齢になったから、その理由がわかる気がする。

ポール、リンゴは現在も齢を取り続けているが、ジョージは老人になる前に、ジョンはまだ若さが残るうちに、この世を去った。
ポールとリンゴが、かつてのビートル、この世にいない二人に「今もね、時々はね」と、愛を、友情を、思い出を重ねることのできる曲が「Now and Then」なのだろう。
だから、とても、非常に、切ない。
(しかし、ジョンは30歳台で、今のポールとリンゴを見通したような曲を作ったのだから、凄い、恐ろしい、としか言えない。)

そして、この曲(シングル)のリリースによって、ポールとリンゴは、ビートルズを正真正銘、完結させた。
それは、この曲のカップリング(c/w)を、彼らのデビュー曲である「Love Me Do」としたことで明らかだ。
「Last」の曲に「First」の曲を続けた。
ビートルズのキャリアは、伸び行く直線から円環となって、そのキャリアを閉ざしたのだ。

そう思うと、さらに切なくなってくるのだが。

#私のプレイリスト


この記事が参加している募集

私のプレイリスト

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?