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子供が苦手じゃなくなった日のこと

DINKSのころ、子供がとても苦手だった。何よりも、子供がいると自由が果てしなく制限されそうで、世間様から怒られそうで、子供を持つのは面倒臭そうだな、と思った。そんな私がひょんなきっかけから子供好きになり、実際に産んでみたお話です。ちょっと長いです。

まだDINKSのころ、子供は苦手だった。

周りに子供はいないので、イメージがわかない。
うるさくて、生意気な感じかな?

何より子供がいると、世間様からあれこれ怒られそうだ。
レストランに行ったり、旅行に行ったり、趣味の時間を持ったり、
といった楽しみがなくなってしまいそうでもあった。

子育て中のお母さんたちも、
「子供は大変」
「仕事との両立はハードすぎる」

と言う。当時は雑誌でも「子育ては損か」などといった特集がしょっちゅう組まれていて、「子供を持ったらソン」と思わせた。

私は月刊誌の編集者としての仕事も、趣味のオーケストラも楽しんでいた。
とくにオーケストラはかなり真剣に続けていた。

子供がいると何もかもが制限されちゃうなぁ。
だからうちらは二人で良いよね? と夫婦で話していた。

外国人の子育てを見て価値観がひっくり返る

これが変わったのは、インターネットでとあるマレーシア人と知り合ってからだ。当時、チャットソフトに英語でプロフィールを公開していた私に、連絡を取ってきたのが、マレーシア人の女性Gだった。彼女は、同世代で三人の幼い子を持つワーキングマザーだった。

ある日、彼女が東京に遊びに来ることになった。
夫婦二人で来るという。

「子供はどうするの」と聞いたら、旅行中、アマさんと呼ばれるお手伝いさんが見てくれるという。
ビックリした。そんな世界があるんだ。

池袋のビジネスホテルで待ち合わせた。
マレーシア人夫婦は本当にやってきた。

彼らは華人で、私たちと見た目もほとんど変わらない。
旦那さんは小児科医で、奥さんが工場でマネジャーをしていた。
中国語と英語を話した。

横浜を案内した。普段車ばかりで歩くことが少ない、という彼らは、ちょっと歩いただけで疲れたと言った。
当時の私、マレーシアについて何も知らなかった。

子供を置いてきて大丈夫なのかな? と気がかりだった。
もしかして、これはネグレクトではないのか? 子供たちは大丈夫なのかな?

とはいえ、実際に会うと距離がぐっと縮まり、毎日チャットするようになった。そして翌年、2週間のマレーシア旅行に誘われた。

「子供嫌い」が子供3人と旅行する羽目になって


彼女は聞いた。
「子供は好き? 3人(3歳、5歳、7歳)の子供たちと旅行するよ」
私は「Yes」と嘘をついた。
周りに子供はいないし、どうやって接していいのかわからない。
けれども、子供が嫌いとは、今さら言い出しにくかった。

私たちにとっては、初マレーシア。まだツインタワーができたばかりの頃で、バラックがところどころに残っていた。

早速初対面の三人の子供に、日本からのお土産をあげた。一番下の子は、私たちを見て泣き出した。

私たちは内心「これは大変だ」と覚悟した。
これから2週間、この子たちと一緒に車で旅するのだ。

旅行はクアラルンプールから、東海岸のクアンタン、マラッカ、ポート・ディクソンと周り、最後はクルーズ船に乗ってクアラルンプールに帰る、という行程だった。

子供たちは、最初こそ警戒していたが、だんだん親しくなってくれた。
そして旅行中、なんと私たちはこの子供たちが大好きになってしまったのだ。

三人はときにケンカしたり、レストランでお行儀が悪かったり、むちゃくちゃワンパクだった。
その度に、お母さんが「Enough! Children」と怒る。

なのにどういうわけか、とても素直で愛らしかった。
すると、遊んで、とくっついてきたり、抱っこをせがんだりした。

子供って、髪の毛が太陽のようないい匂いがするんだなー。

気がついて見渡してみると、マレーシアではどこを見ても子連れが多く、レストランはどこでも大抵ベビーチェアがある。
子供がいると、店員さんたちは嬉しそうに話しかけて来る。
どこに行っても子供がいて、可愛がられていた。

ああ、この国の人はみんな子供が好きなのだ。
そして、子供達も、優しくされると穏やかになる。

全旅程が終わって家族と別れるときには、私にしては珍しく泣いてしまった。
親切にされた家族と別れるのが悲しかったというのもあるけれど、何より、懐いてくれた一番末っ子と別れるのが辛かったのだ。小さな手、足、太陽の匂い、全部可愛かった。

子供たちと別れて夫婦二人になって、家族づれで賑わう中華料理屋に入ると、なんだか寂しかった。
あんなに戦々恐々としていた子連れ旅行なのに、いなくなるとこんなに寂しい。
周りはほぼ全てのお客さんが子連れの大家族。二人で入っているのは私たちくらいだ。

そして、この風景、どこかで見たなと思ったら、自分が小さい頃の日本だったような気がした。
当時はどこを見ても子連れの家族がいたように思う。

そっか、日本では子供が減ってマイノリティになってしまったんだな。
子供がいるのが「当たり前」ではなくなった世界では、大人のために町が作られてる。
マイノリティだから、肩身がせまいんだ。
だから日本人のお母さんたちは、子育てが大変なのかもしれないな。

子供に恵まれないこともある


帰国後、友人Gは子供一人一人のホームページを作った。
彼女は子供と絶妙に距離をとっており、ときには育児を外注して羽を伸ばしていた。
マレーシアでは、母親が育児中に羽を伸ばすのは当たり前のことだと後から知った。

彼女のホームページには「長男はこんな子」「次男はこんな子」とそれぞれ紹介してある。
夢中になって読んだ。
子供一人ひとりに個性がある。面白い。

子供が家族にいてもいいな、と思ったのはこのときからだ。
育てるのがキツければ、マレーシアに行ってもいいかもしれない。
(結局、本当にその後来てしまうのだが)

とはいえ、簡単に子供が授かるかというと、それはまた別問題だ。
実際に子供ができたのは、その後だいぶ後になってからだ。

それまでは、マレーシア人の子供たちと韓国に行ったり日本で会ったり、
フォスタープランというボランティア団体で子供と文通したりして楽しませてもらった。
タイの北東部に、文通相手の子供と会いに行ったこともあった。

そしてようやく子供に恵まれた。

「高齢出産はキツイよー」
「子育て大変よ」
「男の子は苦労するよ」

いろいろ言われたけど、私にとって、意外なことに、子育てはとにかく面白すぎた。

子育ては、新しい発見の連続だった


赤ちゃんの頃、実際、長男は泣いてばかりだった。
バイブルは「定本・育児の百科」という古い本1冊のみ。妊娠したとき、信頼する上司が「育児本は一冊だけにしろ」とアドバイスしてくれたので従った。そしてこの本が良かった。

そこには「ずーっと泣いている人はいない」って書いてあって、それもそうだな、と笑ってしまった。
あとから本人に聞いたら「夕方暗くなるのが怖いんだ」と言ってて、なるほどなーと理解した。


子育ての目標は低く保つことにした。
「元気に育てる」これだけだ。
さらに人生を楽しんでくれたら、もっといいかな。

抱っこして、と手を差し伸べてくるたびに抱っこすると、赤ちゃんは落ち着いた。
当時はずーっと抱っこしてて、家事はあんまりしなかった。
「この赤ちゃんは、どんな赤ちゃん?」という歌を作って歌った。

ほぼワンオペ育児ではあったが、六ヶ月で復職し、保育園にお世話になった。
子供を中心とした新しい世界が増えて、人生がさらに楽しくなった。
オーケストラは、自分で託児クラブを設置して再開した。

1歳になり、子供が話し出した。
なるほど、こんな人だったんだ。
新しい仲間だな、と思った。

この仲間は最近の流行りをたくさん知っている。
毎日、仮面ライダーの魅力やらアンパンマンの面白さやら、絵本やらパズルやら、いろんなことを教えてくれた。彼は私のやってるオペラや落語にも興味を持った。

「ママ、抱っこっていうのはね、相手を握って、大好き、大好きってお知らせすることだよ?」とも言われた。
夕食のメニューを決めようとしたら、「ママ、僕の人生を勝手に決めないで」と怒られた。
「早く保育園行くよ!」と怒ったら「せいてはことをしそんじる!」とNHKの幼児番組で覚えたことわざで怒られた。

なるほどなー。そう言われたら、そうかもなー。
子供に意見を聞いてみると、毎回意外すぎる答えが返って来た。
彼の視点は、どの大人とも違う。

彼は腕白で、集団行動を嫌い、とにかくおしゃべりで、よく保育園で怒られていた。
悪のトップスリーにいつも入っていて「怒られているトップスリーは、俺と、Dくんと、Aくん」といつも教えてくれた。

とにかく、落ち着きがない。
しかも質問魔だった。
質問が、止まらない。

インド料理屋に行くと、壁に貼ってあるインドの神様を見ては、店員さんに質問する。

「なんで神様はあおいの」
「あのね、無限の空や海は青いでしょ。だから神様も青いの」
「なんで神様にはいっぱい手があるの」
「いろんな人を助けられるようにだよ」

子供の質問は終わらない。そして私は一緒にいるだけで、世界が広がるのだ。

子供は全員、それぞれ違う


そしてそして、保育園に行ってみたら、子供は全員、例外なく面白いヤツらだった。

「キスはねぇ、本当に好きな子とだけするものよ」っていう女の子。
「おばさん! これ持ってて!」と「宝物」のヤスデを集めたカップを渡してくれる子。
「ウンチ、ウンチ」を連呼する我が子に「きったね……しょうもね」とクールな子。
いつも走ってて体力が半端ない子。
大人顔負けに他人のお世話を焼いちゃう子。
泥団子を完璧に作る子。

いろんな子がいた。
個性によって子育ての楽さ・大変さは全然違うのだ。
でもまあ、こんなに小さくても人間なんだなーとつくづく思う。
本当に一人一人が違うんだよね。


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そんなわけで、私は子供が好きになった。
今でも、子供と話すのは楽しい。

さて、息子は中学生になった。そして彼も、なぜか小さい子が大好きだ。
「小さい子の方が賢いよ。彼らから学べるものはいっぱいある。彼らはすぐに僕を追い抜く」という。

そうかもね。

もう彼はすっかりいろんなことに詳しくなり、自分で判断することが増えた。
尊敬する大人も増えて来た。
母の私が教えられることはもうほとんどない。

あと数年でこの国では運転免許が取れるようになる。
子育て、終わりに近づいてるのかもしれない。

おしまい。

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