今の学校は「我慢」を教えるところ

昨日はFM Tokyoでちきりんさんと「辞める練習」についてお話ししました。私の「辞める練習」のツイートが12万再生を超えてまだ伸びてるそうです。

さて。確かに日本は「辞める練習」は教えてくれない。
では今の日本の学校が何を教えているかといえば、「我慢の練習」だと思うんですね

嫌な環境を我慢したり、「自分がやりたくないこと」や「非効率なコト」に耐える練習なんですよ。

学校の勉強って無意味だったり、非効率的だったりしますよね。
私なんて意味がわからなさすぎて、授業はいつも上の空でした。

でも、最後に半年ほど受験勉強をやってみて思ったのは、「ああ、これはこういう種類のゲームなのだな」ってコトです。一見無駄に見える知識を効率的に覚えるというゲーム。英語なんて顕著で、あの学習で話せるようには多分ならないですし、国語もかなり非実用的。

一流大学に行った人の多くが、このゲームの存在に気づいてると思います。彼らはむしろ、これ無意味じゃないかな? って思いながら実行できる人なんですよね。やりたくないことも、クールな顔して効率的にやっちゃえる人。好きか嫌いかは度外視して実行できる人。

だから、理系など一部の本当に勉強が好きな人を除けば、有名大学の生徒は頭がイイと言うよりは一定の「我慢ができる」人たちなんですよ。一見、無意味だな、と思うことを覚えたり、訳のわからないルール、非効率的なことや怒鳴る人々に耐えられる人材というわけです。

実際に会社に入ってみると、あまりの理不尽さにビックリします。
4年ごとに転勤があり、住むところも選べません。無駄に見える朝礼や社歌、よくわからないルールが山ほどあります。上司は理不尽な要求をしてきて、男性社員は無意味に怒鳴られます。サービス残業は当たり前。業務に関係ない飲み会が頻繁にあり、女子社員だけが時間外に変な服着てダンスさせられたり、お酌させられたり、ホント意味わかりませんでした。

こういうのに耐えるメンタリティを作るには、学校教育は結構うまく機能してるのです。自分の頭で考えて「課長、それは違うと思います」って人は、会社は欲しくないんです。
だから、サラリーマンになる人は、今の学校で良いと思うんですよ。
一生それでハッピーな人もいるわけで、これはこれでアリなんじゃないかと思ったりもします。
日本式終身雇用は崩壊する、と言われますが、まだきっと、多少は残るでしょう。公務員とかね。

学校教育の意味があまりない人々

ところが世の中には、「自分の人生は自分で決めたい」と思う人も一定数存在します。

私はまさにそうで、会社に住むところまで決められるのは、とても耐えられません。そういう人にとっては日本やアジアの旧来の学校で学ぶ「我慢の練習」はあんまり意味がないです。

むしろ、今グローバルで実験的に行われているようなアクティブ・ラーニングで主体的に学んだり、適性教育や「トライ&エラー」で体験の数を増やしたりした方が将来に役立つかもしれません。

ひたすら自分の好きなことを追求するのも良いかもしれません。

昨日お話ししたちきりんさんも学校は意味がないというエントリを書いていますし、ホリエモンも落合陽一さんも学校の無意味さを語ってますよね。学校教育こそ批判してませんが、私が強く影響を受けた千葉敦子さんも、まさにこのタイプの親玉のような人でした。

けれども、気をつけなくてはいけないのは、これみんな「自分の人生は自分で決める」派の人なんですよ。「流されてる方がハッピー」って人とは違う人種なんです。そして実は自分で決める方が、ずっと難しかったりもする。

ここをごっちゃにして、本当は「流されてる方がハッピー」なのに、「自分で選ぶ」「意見を言う」訓練を積むとしんどいことになる。

小学校くらいからもう「何をやりたいの」と聞いても「特に意見はないです。みんなと同じでいいです」って人もいます。こういうお子さんに聞くと、インターナショナル・スクールで「意見を言って」「質問して」「授業に積極的に参加して」と言われるだけでストレスになってしまうそうです。

結局のところ、自分のことは自分しかわからない。他人の目を気にせずに、「人それぞれ自分がハッピーになる」道を行くしかないんですよね。

こんな時代に親ができることは、せいぜい子供といっぱい話をすること。肝心の子供に聞かないと、その人がどういう人なのかわかんないです。

みんながみんな、グローバルになる必要はないのです。


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コメント6件

こんばんは。読んでみて、ちょっと思ったことを。
日本の学校は「我慢の練習」をさせてるって、確かにそうだなぁって思います。
私は「自分の人生は自分で決めたい」って人なので、小中高とどこも、自分の居場所ではない、居心地が悪いとずっと感じていました。だから、野本さんの気持ちが何と無く分かる気がします。
でも、頭のいい人たち、有名大学に行っちゃうような人たちは「一定の我慢ができる」ってのはちょっと違うかなって思いました。私は競技プログラミングをしており、周りの人たちは、数学とか物理がめっちゃ強い人が多いです。東大や東工大などの大学、開成や筑駒などの有名進学校の人たちや高専生が多いです。
そういう人たちを見てると、「一定の我慢ができる」というより、「効率の良い方法を知っている」って傾向が強い気がします。頭のいい人たちって不思議で、基本的に何をやっても成功させてしまうことが多いので。(笑)
多分、中間層の人たちが「一定の我慢ができる」ってラインになるんじゃないかなって思います。人って、いろいろなタイプがいて、全部見つけるなんて無理だから、難しいですね…
長々とすみません><
貴重な立場からのご意見をありがとうございます。
確かにそうですねー。理系の数学や物理が強い人たちを「一部の本当に勉強が好きな人」と書きました。が、基本的に好きでやっている人が多いように見えますが、言われてみたら、なかには嫌いだけど要領が良い人もいるのかもですね。うちの子供もプログラミングや数学・物理が大好きで、何時間やっていても飽きないらしいです。でも試験勉強に向いているかと言われると、どうなのかちょっとわかりません。
初めまして、イギリスの大学に通い国内で高校生の海外進学メンターをしているものです。
野本さんの記事を読んで、自分は今まで主体的・能動的に生きたいタイプで、小中の学校教育に息苦しさを感じていたなと思い出しました。
反動で高校から海外に出てしまい、今では主体的な進路選択を掲げるNPOで同じような海外大生とともに「主体的、自分で決める生き方」の旗振り役をしています。
おかげで最近「自分で切り開く生き方の方がハッピーなはずだ」という価値観に偏っていました。
小中までは周りに居た「流されている方がハッピーなタイプ」が周りから減り、おそらく今までメンターをしていた高校にもいたはずの流されハッピー派の高校生達に私は共感力の低い状態で関わっていたように思います。

私や海外大進学者のように主体的な自分にハッピーなタイプもいれば、流されている居心地にハッピータイプがいるのだということを野本さんの記事は気づかせてくれました。
どちらが優れているではなく、両方それぞれにハッピーだと感じる人たちがいる。
これからそのことを念頭に置いて高校生のメンターをしていきたいです。
「皆と同じでいい」には逆に自分で決めさせる訓練をしなければならないと思っています。ですが、それをさせられるだけの余裕が教育現場にはありません。
もっと学習の個別化が進んで、自分のペースで考えて行動できるような環境があれば別ですが。

勉強になりました。ありがとうござました。
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