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2023.09.07


肌を照らす陽はまだ真夏のようだと言うのに、髪を揺らした風がもう秋のものだと気が付いた。そういえば、随分と日も短くなったような気がする。

ふと目を閉じて、10年前の今日を思い出す。

10年前の私は、片田舎の冴えない女子中学生であった。
或いは、無邪気に遊ぶ男子小学生であった。
或いは、毎日机に齧り付く受験生であった。
或いは、子育てに奮闘する新米ママであった。

或いは、或いは、或いは、


或いは、小さなライブハウスのステージに友人と立った、活動者のひとりであった。



分岐点


10年という月日は、あっという間に過ぎていく割に、長く、そして重い。
人の人生を変えてしまうには、充分すぎる時間だ。

人生とはよく、選択の連続だと言われる。
ひとつは、小さな選択。
例えばコンビニでなんのお菓子を買うか、今起きるかあと5分寝るか、今日着ていく服、TikTokのスクロールを辞めるタイミング、玄関を出る時は右足か左足か、エトセトラ。

それから、大きな選択。
例えば、高校受験大学受験、就活、転職、結婚、エトセトラ。

小さな選択と大きな選択を織り交ぜながら、その取捨選択のなかで、選ばれた方を編んで、生活と人生が出来上がる。


そうして出来上がった人生が、時に誰かと交わり合い、時に誰かに影響を与え、時に誰かの生活を壊し、時に誰かの心を救いながら、私たちは生きている。

だからこそ、陳腐な言葉で語れば、「奇跡」だと思った。
誰1人欠けずに10年間、浦島坂田船が走り続けてきた事実。


何回でも、捨てようと思えば捨てられる機会があったはずだ。
「楽」や「普通」を望めば、捨てる言い訳なんてきっといくらでもあっただろう。

でも、それでも、

活動を続けてくれた。
声を届け続けてくれた。
ステージに立ち続けてくれた。
4人で浦島坂田船でいてくれた。


そうやって人生の取捨選択を考えた時に、
貴方たちが「残してくれた」この場所を、愛おしいと言わずになんと言おうか。



当たり前のように、私の人生にも取捨選択があって、今がある。
気付けば、その選択に寄り添うのはいつも浦島坂田船だった。
その選択の先の世界を見せてくれたのは、いつも浦島坂田船だった。

時々、妄想してみる。
浦島坂田船に出会わなかったら、私の人生はどんな風だったのかなと。

きっと、そちら側を選択した私も、楽しく豊かに人生を謳歌しているのだろう。浦島坂田船に出会う前の人生もそうだったから。
夜行バスの乗り方なんか知らなくても、楽しく生きている。

時々、妄想してみる。
浦島坂田船がもしいなくなってしまったら、私の人生はどんな風になるのかなと。

それでもきっと生きていけるだろう。
流行りの色を袖に通して、街の雑踏にただ溶ける。
けれど色彩のぼやけた日々を泳ぎながら、私はきっと、浦島坂田船と、浦島坂田船を通して出会った友達と共に過ごした、鮮やかな日々を思い出して涙する。
貴方たちのくれた灯りは、言葉は、そうやっていつまでも私を生かすはずだ。
貴方たちと生きた日々が、私の背筋を伸ばしてくれるはずだ。




10年が経った。私も彼らも大人になった。
大人になってしまっても、大人になってしまった今でも、あの日見たペンライトの波は、貴方たちの姿は鮮明に思い出せる。

また、風が髪を揺らす。
すっかり秋めいたそれを心地よく感じながらも、まだもう少しだけ夏の中にいたいと抗う。

少し引き伸ばした夏が終われば、短い秋が来て、耐えるような冬が来て、春が来る。そうしてまた夏を迎えて、それを丁寧に繰り返しながら私達は生きていく。
豊かな四季と、美しい言葉が生きるこの国で、貴方たちと、また今日も歳を重ねていく。






2013.09.07-2023.09.07
浦島坂田船 結成10周年 本当におめでとうございます
4人のこれからが沢山の幸せで溢れていますように

BonVoyage!

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