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そぼふるあめにぬれている

「あ、これ虫の報せっぽい」とか、
「なんだか胸がざわつく」とか、
こう、事前にそういうのが欲しかったな。
と思う。

え?なんかドアの向こうから音がする!
なに???
って勢いよくドアを開けたら
視界が白煙に包まれた私の気持ちも考えて欲しい。

雨戸をたてて真っ暗な玄関で、
ふわっと顔に当たる湯気、
ザーッという大きな水音。
洗面所まで一気に踏み込んで、
最大出力でガンガンお湯と水を放出している
水道を確認して、
外にいる父に
「お湯の元栓を、しめて!」
と叫んだことが、
この日の私にできた最大で唯一のことだった。

いい年をして、自慢できたことではないけれど、
私に生活力というものはない。
父も、いわゆる仕事人間で、
家のこととなると本当に頼りにならない。
元栓は閉めた。
雨戸を開けて湯気は逃した。
長年暮らしている雪国の知識で、
現状がいわゆる水道のコマがとんでいる
状態なのはわかる。
どうやら水道管の破裂まではいってなさそう。

で、どうしよう。
だった。

部屋の中に充満した温泉の湯気は
冬の冷気に冷やされて
天井から絶え間なく滴り落ちて、
家の中にいるのにまるで雨が降っているよう…
パニックのままにモップで天井を拭いてみたけれど、
高いところは届かないし、
電灯の傘には水が溜まっている…
そう、あれは秋口に、
うっかり紐を引きちぎってしまって、
この際LEDにしよーぜ!って
新しい照明に変えたらソケットが合わなくて、
母が知り合いの業者に頼んでつけてもらったばかりの
最新の…
そうだ…お母さん…

電灯を眺めながら手はすっとスマホに伸びて、
LINEのアイコンをタップする。
「母」を開いて、
「助けてください。手が空いたら連絡を」と、
画像を送信した。


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