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早稲田の老舗おでん屋「志乃ぶ」の親父に30年店に立ち続ける理由を聞いたら、その答えはとてもシンプルだった #羅針盤のつくりかた

都電早稲田駅から早稲田大学方面へ向かうこと、2分。そのお店はひっそりと佇んでいます。おでん屋「志乃ぶ」。昭和29年に早稲田の地でのれんを掲げて以来、半世紀以上に渡って、多くの大学関係者や学生、地域の人たちのお腹と心を満たしてきました。

私、ラブソルデザイナー小野寺美穂(おのでら みほ)も、志乃ぶに心身を満たしてもらったうちの一人です。学生時代の4年間、アルバイトとしてこの場所で働いていました。「ビジネスパーソンとしての基礎はすべて志乃ぶで学んだ。」そう感じるほど、志乃ぶでの4年間は濃密なものでした。

ラブソルと所縁のある方へのインタビューマガジン「羅針盤のつくりかた」。今回取材させていただいたのは、志乃ぶの店主・近田千秋さんです。

めったにメディアの取材を受けることはない近田さん。「みほちゃんの頼みなら」と特別に取材を受けてくださいました。これまで語ることのなかった、志乃ぶや近田さん自身の歩み。人の育てかた。そして、「なぜ近田さんは、たった一人でこの店に立ち続けていられるのか。」私がずっと抱いていた疑問に迫りました。

近田千秋(ちかだ・ちあき)
創業68年、早稲田にある大衆居酒屋「志乃ぶ」の3代目店主。中学卒業後、料理人になるべく四谷の料亭にて修行を開始。定時制高校に通いながら、調理師免許を取得する。業務用酒類の営業経験を経て、先代から志乃ぶを引き継いだのち、一人でお店を切り盛りする。お客さんからは「近田さん」「マスター」の愛称で親しまれている。趣味はブラックバス釣り。

近田さんと志乃ぶ、そして先代との出会い

ーー近田さん、本日はよろしくお願いいたします。

よろしく。なんか緊張するね(笑)。

近田さんはこの日、いつも通り仕込みをしながらお話を聞かせてくださいました。

ーーそうですね(笑)。改まってお話を伺ったことはなかったので、依頼させていただいてからずっと緊張してます。まず、志乃ぶと近田さんの出会いから伺ってもいいですか?

はい。志乃ぶは、もともと俺が働いていたお店のお客さんだったんだよね。

ーーえ、そうなんですか?

そう。志乃ぶに来る前は、荻窪にある飲食店にお酒を卸す酒屋さんで働いていて、志乃ぶに配達に来てたの。それで、みんなからは「お母さん」って呼ばれている先代(高島寿江さん・享年96歳)と知り合って、何年かした時に「志乃ぶで働いてみないか」って話をもらったんだよね。

ーーそうだったんですね。そもそもなんですが、近田さんはどんな経緯で料理人になられたんですか?

…これは初めて話すけど、中学を出てすぐ、四谷の料亭に修行に出たんだよね。実家が裕福でなかったんで、早く手に職をつけたくて。定時制の高校に通いながらだったから、それなりに我慢も苦労もした。朝6時から仕出しと夜の営業の仕込みをして、終わったら学校に行って、寮に帰って。その繰り返しだったな。その時から「将来、自分の店を持つ」ってのが夢だったんだよ。でも家族ができ、子供も授かり、なかなかお金も貯まらずでね。すぐに店を持つことはできなかった。

ーーそれで、資金を貯めるためにも酒屋さんで働いていたと。

そう。17年間働かせてもらったね。

ーー17年!長かったんですね。志乃ぶで働くようになってから、来年で30年になるそうですが、入った頃はこんなに長く居ると思ってましたか?

全く思ってなかった。最初は手伝うつもりで入ったの。それに先代のお母さんは、気性の激しい人でさ。営業中もものすごく怒るわけ。当時俺は35を超えたオヤジで、家に帰れば3児の父だってのに、なんでこんなに怒られなきゃいけないんだよって(笑)。明日辞めようって何度も思った。でも、お客さんとの縁が深まるうちに、今に至ってしまったんですね。

ーーそうだったんですね。たしかに、お母さんは人並み以上の激しさも愛情もお持ちの方だったと、お客さんからもよく伺ってました。「よくお母さんに怒ってもらったんだよ」なんてお客さんもいらっしゃいますよね。

そうね。ものすごく怒られもしたけど、基本的には歳の離れた弟のように可愛がってくれた。

ーー学んだことも、もちろんありましたか?

そうね。なんだかんだ、色々教わったね。例えば、満席の時にお客さんが来た場合、断ってしまえばいいんだろうけど、わざわざ来てくれたわけじゃない。一杯でもいいから飲んで帰ってもらいたい。だから店内にいるお客さんで、もう飲みそうにない方に帰っていただく。その時、気持ちよく帰ってもらいたいから「次、満席の時には絶対席作るからさ」みたいに声かけたりして。その辺のバランス感覚は、先代譲りだな。

ーーたしかに「お店の都合で動くのではなく、常にお客さんの気持ちを最優先に考える」というのは、私が志乃ぶで学んだことの一つですね。ラブソルが大切にしている価値観と似ているなと思いました。ラブソルに入って、ずっとやりたかったデザインの仕事をさせていただけるようになって。お金や納期、立場ごとの事情などいろんなものが絡んで事態が膠着しそうになる時もあるんですけど、そういう時は「どうすることが、一番お客さまのためになるんだろう」という問いかけを、自分の中だったり、チームの中でしていますね。これは志乃ぶの頃から変わらないんだなと今、気がつきました。

そうなんだ。

ーーはい。あと、ご飯を出してくれるところが似てます。

ご飯!?

ーーはい。ラブソルではよく、会社でご飯を作ってみんなで食べるんですよ。健康にもお財布にも優しい。志乃ぶでいう賄いみたいな感じです。

へー。今度俺にも作ってきてよ(笑)。

ーー(笑)。ちなみに私は作りませんよ。ここにいる実加さん(取材当日はカメラマン)や他のメンバーが作ってくれます。

そうなんだ(笑)。作りなよ。

ーーいや、それはちょっと…。近田さんがそうしてくださったみたいに、自宅で食べられるようにと、持ち帰り用も作ってくださったりして。

そっか(笑)。みほちゃんはご飯が出るところがいいんだね。

ーーそうですね(笑)。学生の時はお金がなかったから、本当にありがたかったなあ。

「来るもの拒まず去るもの追わず」人の育て方・関わり方

ーー今話していて、志乃ぶでは本当にたくさん怒っていただいたなあと。なぜここまで親身になってくださったんですか?

怒るって、「見込みがある」ってことだからね。良くなるという期待あってのこと。でも、俺も先代から怒られた時そうだったけど、怒られるって気分悪いじゃん。だから、基本的には怒りたくないなとはいつも思ってるよ。仕事を離れれば、みほちゃんだって自分の娘のようなものだしね。

大学時代の写真。左が小野寺。

ーーものすごい愛…。怒るってものすごい労力も必要じゃないですか。私も、年を重ねて人を育てる立場になることも出てきたんですが、そこまで愛情を持てない時に、怒れないというか、熱が入らないなと…。

人間だから合う合わないはあるよね。だから、来るものは拒まないけど、去るものも追わないようにしてる。これはアルバイトの子だけじゃなく、お客さんも。どうしたって俺とは合わない人は合わないし、逆になんだか知らないけど馬が合っちゃう人がいたり。

ーーなるほど…。これまで一緒に働いてきたアルバイトは何人くらいになるんですか?

すぐに辞めてしまった子も入れたら、200人くらいじゃないかな。そのうち、卒業まで勤め上げてくれたのは70人くらい。

ーーそんなにいるんですね…! 続く子と続かない子の違いってなんだと思いますか?

最初に会った時のインスピレーションがやっぱり大事だと思う。会って話した時に「この子は続きそうだな」と思うと続くし、そうじゃない子は残念ながら続かないって感じだね。

約30年間、一人で店に立ち続けられている理由

ーー私、ずっと近田さんに聞いてみたかったことがあるんです。

はい。

ーー近田さんが30年近く、一人で志乃ぶを続けられている、その理由はなんなんですか?  私たちアルバイトは、数年すれば卒業していきます。そんな中で来る日も来る日も、仕入れして、仕込みして、営業して、また次の日も…。誰に見られているわけでもないのに、こんなにも丁寧な仕事を続けられるのは、どうしてでしょうか?

それはね、一つは悔しいから。先代に常々言われてたんだよ。「私がいなけりゃ店なんかできないんだからね」って。言ってることの意味はわかる。でも、悔しかったよね。今できてるのは、その時の悔しさがあるから。あんたいなくたってお客さん来てるじゃんって。

ーーそうだったんですね…。

うん。あとはね、人のおかげ。10年くらい前までは先代のお客さんも多かったかもしれないけど、今来てくださってるお客さんは、今の志乃ぶだったり、俺が好きで来てくれている人たち。だから続けられているよね。お客さんや常連さんも来ていなかったら、とっくに辞めていると思う。

アルバイトの子たちにも助けられている。なんだこいつはって思うこともあるけど、「この子がいなかったらお店開けられないんだよな」って。卒業してからも、顔出してくれたり、困ってたら力になってくれたりするしね。

結局は人が好きだからなんだろうな。困ってることがあるってポロッと言うと、誰かかしらが手を差し伸べてくれたりね。

ーーなるほど…。悔しさと人の愛情と、その両方が近田さんの中にはあったのですね…。

「やれるだけはやってよね」30年のその先も、原動力は変わらない

ーー来年で志乃ぶは30年を迎えますが、今後の構想はありますか?

もうあと、老いさらばえて、死ぬだけでしょ。

ーーいや! それはダメですよ。

ダメか(笑)。俺はね、夢がないんだよね。コロナ禍で厳しい時に「クラファンやろう」って話もあったじゃない?

ーーはい、ありましたね。

うん。結局やらなかったのは、俺にまだ明確な夢がないからなんだよね。だから、お客さんだったり常連さんだったり、アルバイトだったり、必要としてくれる人がいて、やってる感じだな。こないだもお客さんに「続けられるだけはやってよね」ってお願いされたんで、続けられるだけはやっていこうかなと思ってるよ。

ーーそうなんですね…。私も数年前まで、自分に夢がないことを恥ずかしいと思っていました。ですが、ラブソルで「この人の役に立ちたい」と心から思えるお客さんに出会って。お客さんの夢を叶えることが自分の夢なんだって、素直に言い切れるようになりました。これも元々は、近田さんから教わったことだなって思うんです。どこまでも人を想って生きていく。

そっか。そんなにかっこいいものでもないけどね(笑)。本当に人に助けられていて、俺がその人たちが好きってだけで

ーーすごくシンプル…。そういう部分「近田さん譲り」でいられたらって、心から思います。近田さんを見ていると、並大抵のことではないですが…。それにしても、近田さんから受け継いだところ、たくさんあるんですよ。好き嫌いがはっきりしてるところとか、感情がすぐ表に出ちゃうところとか(笑)。

いやいや、いいところだけ似てちょうだいよ(笑)。





近くに立ち寄った際は、ぜひ志乃ぶへ

初めての方も、お久しぶりの方も、志乃ぶの味やあたたかい雰囲気をぜひご堪能ください。

一番人気のおでんは絶対に味わっていただきたいメニューの一つ。1人前3つ。ちなみに私のおすすめはたまご、大根、厚揚げです。
右上の牛もつ煮込みも人気メニューの一つ。近田さんがていねいに下処理をしているため、くさみがなく、どんなお酒にも相性ばっちりです。

店舗情報

【定休日】水曜日、日曜日、祝日
【営業時間】平日:17時~21時、土曜日:16時~21時
【アクセス】新宿区西早稲田1-19-17
東西線早稲田駅より徒歩10分/都電荒川線早稲田駅より2分

*ご予約はお電話にてお願いいたします*
03(3203)1648

志乃ぶの最新情報は、志乃ぶ公式TwitterまたはInstagramをチェックしてください!




取材・執筆・バナー制作:小野寺 美穂
撮影:池田実加
編集:柴山 由香

*Special thanks*
取材協力:志乃ぶ常連の皆さま
写真提供:まなちゃん

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