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【アートのミカタ25】ボッティチェリ Sandro Botticelli

【概要】初期ルネサンスの巨匠

彼の名は知らなくとも、この代表作に見覚えのある人は多いのではないでしょうか。15世紀前半から16世紀、正にルネサンスがノリに乗ったイタリアで活躍した画家です。ルネサンスといえば、レオナルド・ダ・ビンチより7歳年上ですね。

当時の基準からは珍しく、多彩なジャンルを描いていたマルチな画家だったそうです。宗教画・神話・寓話・肖像画・さらに文学的テーマを描いた作品など。教会や公的機関、王侯の一族など、依頼主も素晴らしいものだったようです。

現在では知らない人はいない程有名な作品・画家となりましたが、実は彼の名が認知(再評価)されたのは19世紀でした。
それまでは忘れ去られていました。
さらに彼の代表作である「ヴィーナスの誕生」や「春(プリマヴェーラ)」には、未だに謎が多いとされています。

その理由は、彼の生涯(特に晩年)に秘密があるのではないでしょうか。また、「ヴィーナスの誕生」や「春」には、読解を難しくしている、ある共通点があります。

その辺のお話をしていきましょう。

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アレッサンドロ・ディ・マリアーノ・フィリペーピ(あだ名:ボッティチェリ「小さな樽」)1445-1510年・フィレンツェ共和国
 画像は「東方三博士の礼拝/1475年」の一部。一人だけこちらを向いている青年が、ボッティチェリの肖像画ではないかと言われている。


なぜ美的センスをくのか。科学の発展に伴い、心を作る芸術的思考もより広く知ってもらいたい。このブログは、歴史上の偉大な画家たちをテーマに、少しでも多くの人にアート思考を築くきっかけにならないかと書いています。まずはそれぞれの画家の特徴を左脳で理解し苦手意識を払拭するのがこのブログの目標です。その後展示等でその画家に触れる前の下準備として御活用下さい。私たちの味方となり、見方を変える彼らの創造性を共有します。

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「ヴィーナスの誕生」1486


【背景】 教養は金持ちの嗜み。証明する絵画

彼のパトロンに付いたのは、当時のフィレンツェ共和国を実質統治したとも言われているメディチ家でした。(ロレンツォ・デ・メディチ)

ボッティチェリは晩年に手元にある作品をみーんな焼いちゃっています。ですが人にあげた作品は難を逃れたようですね。

このメディチ家に対し、幾つも作品を作っていますが、その中で有名なのが「ヴィーナスの誕生/1486年」と「春/1482年」です*1。

この2つの共通点に「神話を描いている」ことにあります。

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当時キリスト教の唯一神教の時代。「神様は一人だよ」と庶民に広めていた時代でした。ユダヤ教などは「異教徒」として排他的に扱っていたようですが(元々は同じなのに)それ以外に、ギリシャ神話は庶民には広まっていなかったようです。

理由は主に2つあるようです。

・神様は一人!ギリシャ神話は神がいっぱいなのはおかしい!
・ギリシャ神話はラテン語(昔の文字)を使っている。当時使われていた言葉ですら識字率の低い街で、ましてや古文を読解できる奴は相当なエリート。


というわけで、ギリシャ神話は当時の人にとって「庶民とは一線を画す金持ちの嗜み」だったようです。


ボッティチェリの作品に限らず、この時代の「キリスト以外の神様を描いた作品」は、クライアントと画家の間だけにしか解らない秘密が沢山隠されているようです。
これが、前記に示した「彼の代表作には謎が多い」理由と言えるでしょう。

ちなみに以前ブログにも書いたルーベンスも「キリスト以外の神様を書いた作品」が多く残っていますが、その作品の秘密も沢山あるようです。ひょっとしたら、まだ未開拓の秘密もあるかもしれません。

*1)「ヴィーナスの誕生」ロレンツォが別荘カステッロ邸(Villa di Castello)を飾るために依頼したと考えられている。

「春(プリマヴェーラ)」ロレンツォのいとこの結婚祝として描かれた説が定着。


【核心】時代は解剖学。でも完全無視の詩的画風

ボッティチェリが活躍したのは、ルネサンス期でも重要な時期でした。「ダビンチと年が近い」というところでピンとくる方もいるかもしれません。

当時は学問や科学的研究が発展した時代。
解剖学を代表に、芸術家にとても影響を与えた時代でした。

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「誹謗」1496

しかし、ボッティチェリの描く人物像は、そんな当時の流行りに逆行した、写実的ではない描き方でした。

これは「ボッティチェリ下手くそ」と言いたいわけではなく。(一流画家でしたしね。まあ、建物や人の動きは苦手だったという書籍もありましたが。)

デッサン力は一流なのに、あえて詩的なデフォルメを好んだと言われています。ダビンチらが写実を求めるのと対象に、絵としての美しさを求めた、と言えるでしょう。

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「ヴィーナスの誕生」では人物と木々は殆ど同じ大きさで描かれているし、ヴィーナスは胴長で立ち方もおかしい。波の描き方もシンボリックで写実的とは言えません。

美術史家バーナード・ベレンソンは、
「ヨーロッパ史上、最も偉大な線形模様の芸術家」と評しているようです。

しかしそれも19世紀の話。
当時、1490年にボッティチェリの表現形式は人気が無くなっていったようでした。ダビンチらの活躍は今以上に目新しく、画期的なものに映った事でしょう。

50代には手元にあった作品をマルッと焼いてしまったり、画風も激しさや奇妙さが浮き出てくるようになします。

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神秘の降誕/1500-1501年

あれだけ華やかな画家人生を送っていたボッティチェリでも、晩年は仕事を見つけるのに苦労し、寂しい終わりだったようです。

これが、19世紀までボッティチェリが日の目を見なかった一つの要因ではないでしょうか。忘れ去られた巨匠。ダビンチの裏側で自身の美を追求した痕跡が残ります。

ここまで読んでくださってありがとうございます。画家一人一人に焦点を当てると、環境や時代の中で見つけた生き方や姿勢を知ることができます。現代の私たちにヒントを与えてくれる画家も多くいます。また次回、頑張って書くのでお楽しみに。



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