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芸術家はあだ名だらけ!?本名とかけ離れたトンデモニックネーム

本名を隠し顔を隠して配信することが普通になった今の時代。
インターネットができ、匿名でやりとりができる黎明期を越え、今はネット名がまるで本名のような識別性、固有性を持っています。そして一気に親しみやすさを感じますよね。

しかし時代を遡ってみると、過去の芸術家もあだ名で呼び合う風潮があったようです。今回はそんな芸術家・アーティストたちを紹介していこうかと思います。

改めまして。アートテラーとして名前を頂きました、良知です。
いただいたからにはそれらしいブログでも書こうかと思いまして、久々のnoteです。

美術史において、特にあだ名文化が現れたのはゴシック期からルネサンス期です。
当時は画家が自分の作品にサインを書く文化も無かった(or文化出来立て)ことが理由の1つでしょうか?

レオナルド・ダ・ビンチ1452年頃

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世界で最も有名な芸術家、レオナルド・ダ・ビンチ代表作といえば「モナリザ」「最後の晩餐」など今にも残る名画ばかりです

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そんな彼のフルネームはレオナルド・ディ・セル・ピエロ・ダ・ビンチ
しかしダ・ビンチの部分は「ビンチ村の」という意味がありますので、個人名の略称としてはあまりふさわしくない(とは言え知名度が高いのでここではダビンチ連呼しますが)とのこと😲


サンドロ・ボッティチェリ1445年頃

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ダビンチの一回り年上。代表作「ビーナスの誕生」「春」などを描いた画家です。

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彼の本名はアレッサンドロ・ディ・マリアーノ・フィリペーピ😲
ボッティチェリのボの字もありません。

実は彼とその兄は大の酒好き🍺
あまりの酒豪っぷりに兄弟揃ってつけられたあだ名が「酒樽」でした
「酒樽の弟のほう」「小さい酒樽」ということでボッティチェルリだそうです。


ペルジーノ1448年頃

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ルネサンス期に活躍し、あの三代巨匠と言われたミケランジェロなども若き頃所属していた工房(ヴェロッキオ工房)で絵を学んだ、当時大人気の画家。ルーブル美術館では彼の作品「玉座の聖母子と2聖人、2天使」1492年頃)が鑑賞できます

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そんな彼の本名はピエトロ・ヴァンヌッチ😲
ぺじゃない!!

彼のあだ名の由来は地名でした。
イタリアのペルージャ出身ということで「ペルージャの人」というあだ名がつけられたということです。テキトー、、!!  ?


パルミジャーノ1503

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ミケランジェロ、ダビンチなどはイタリアのフィレンツェで活躍した芸術家。一方イタリアのヴェネツィアで活躍した画家もいました。彼らはヴェネツィア派と呼ばれ、その代表格がパルミジャーノです。代表作「長い首の聖母」1535)はルネサンス後期の様式(マニエリスム)の象徴作と位置付けられます。

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そんな彼の本名はジローラモ・フランチェスコ・マッツォーラ😲
違う意味でチーズ感🧀

あだ名の由来は出身地です。
イタリアのパルマ出身というところから「パルマの小さな子」という意味が付けられました


ギルランダイオ1448

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15世紀後半のフィレンツェで宗教画を多く手がけた売れっ子画家。またミケランジェロの最初の師匠だそうです。代表作はパトロン(ロレンツォ・トルナブオーニ)の奥様を描いた「ジョヴァンナ・トルナブオーニの肖像画」です。

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彼の本名はなんとドメニコ・ビゴルディ😲
ギル要素は!?

彼のあだ名の由来はお父さんの職業でした!
ギルランダイオのお父さんは彫金師で、当時若い女性で流行った花の髪飾りを作るのがめちゃくちゃ上手かったそうです。そこで「花飾り師の息子ドメニコ」「花飾りのドメニコ」ということでドメニコ・ギルランダイオと呼ばれたそうです


マザッチョ1401

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今までの画家とはまた一回り年上のルネサンス初期の画家。
当時最高峰の画家としてパイオニア的存在でした。代表作「楽園追放」1426-27)は、アダムとイヴがりんご食べて追い出されたシーンです。

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彼の本名はトンマーゾ・ディ・セル・ジョヴァンニ・ディ・シモーネ・カッサーイ😲
まさまさしてない、、!

彼のあだ名の由来は見た目でした。
絵は上手いがファッションに疎く身だしなみを整えないので「不恰好」「だらしない男」を意味するマザッチオと呼ばれました


ジュリオ・ロマーノ1499

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ラファエロの主任助手を務めたマニエリスムの画家。代表「羊飼いたちの礼拝」はイエスキリスト誕生を祝福するシーンを描いています

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そんな彼の本名はジュリオ・ピッピ😲
可愛い。。💕

あだ名の由来も出身地でした。
これはわかりやすいですね。ローマ出身だったので「ローマ出身のジュリオ」という意味が付けられたそうです


パウロ・ウッチェロ1397

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あの山田五郎さんも大好きウッチェロは、初期ルネサンスに線的遠近法を研究した画家です。とはいえまだ開発期の遠近法に気を取られすぎて、人の描写はヘンテコだった画家でした。「聖母子像」は特にイエス様のお顔に目がいって仕方ありません。

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そんなウッチェロの本名はパオロ・ディ・ドノ😲
娘の名がアントニア・ディ・パウロ・ディ・ドノのためこの名前であるとわかります。
う、、?どこ?

彼のあだ名の由来は得意技でした。
実は鳥が上手かったらしく(現存する鳥の作品は少ないものの)イタリア語で鳥を表すウッチェロが親しまれて呼ばれていたそうです。


カヴァリエーレ・ダルピーノ1568

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この中では若い画家ですね。主にローマで活躍し、ローマの宮殿や教会の装飾画を描いたイタリア芸術家。現存する作品は壁画が多く、例えばローマ建国神話に登場する初代王の双子兄弟「ロムルスとレムス」があります

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彼の本名はジュゼッペ・チェーザリ😲
日本のwikiではこちらで検索すると出てきますが、通常はダルピーノと呼ばれていたそうです。

あだ名の由来は称号でした
ローマでの活躍が認められ、ローマ教皇(クレメンス8世)によってナイトの称号を与えられたそうです。アルピーノ出身ということも合わさり「アルピーノの騎士」ということでカヴァリエーレ・ダルピーノと呼ばれたそうです


イル・ジョヴァーネ1544

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ヴェネツィア派最後の画家として活躍。ラファエロやティントレットらの作品を学び、また亡くなったティツィアーノが未完のまま残した「ピエタ」を完成させました。

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彼の本名はヤコポ・パルマ😲
一応、イル・ジョヴァーネやヤコポ・イル・ジョヴァーネなどと呼ばれているのでヤコポ要素はある🤔

彼のあだ名の由来は大叔父さんと似てたからでした
実は大叔父さんも画家だったのです。その親戚の叔父さんの名前はパルマ・イル・ヴェッキオ。ということで「若い方のパルマ」「ってか若い方」という感じでイル・ジョヴァーネとなったようです。

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