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2019バルセロナGPまとめ その1 ホンダ&多重クラッシュ[ 2019年6月22日 発行 Vol. 237 ]

コンテンツ目次

【イタたわGPまくら話】
●ビアッジがモトGPタイトルを取れなかったのは、ドゥーハンを…

【2019バルセロナGPまとめ その1 ホンダ&多重クラッシュ】
●バルセロナ決勝戦を左右した5つの鍵
●ホンダ

・マルケスは多重クラッシュなしでも優勝できたのか?
・マルケス、優勝候補ではなかった
・マルケス、タイヤコントロールの謎
・マルケス、タイヤにも強みあり
・ホンダはロレンソに感謝すべき?
・多重クラッシュ、ヤマハ&ドゥカティの見解
・第10コーナーに問題があるのか?
・なぜロレンソは転倒してしまったのか?
・ロレンソは処罰されないのか?
・マルケス、ロレンソ口撃はホンダへの警告?

イタたわGPまくら話

皆さん、こんにちは。
今年も春を逃した管理人のラ・キリコです。

イタリアは、アッと言う間に真夏になってしまいました。
ほら、ビーチもこんな感じ。

イタリアは、とにかく『色黒は七難隠す』みたいな風潮なんで、猫も杓子もビーチに出て、焼きまくり始めております。
なかには、冬場に日焼けサロンで下準備をして、4月ぐらいから松崎しげるみたいになってる人達もいるんですよねぇ。

管理人は紫外線に敏感なお年頃なんで、もう何年も前からビーチには出てません。
昔使ってた水着も断舎離しちゃったし…

あっ、いや、そう言えば今年の冬に新しいの買ったんだった…
ミラノに行った時、泊まったホテルにスパがあって、どうしても入りたかったんで、すぐに『H&M』に行って買ってきたんでした。

おっと、恒例のモトGPこぼれ話でしたね、はいはい。
今回は、マックス・ビアッジ皇帝様が、なぜホンダを追い出され、最高峰クラスでタイトルを取れなかったのか?って話です。

まぁ、どうぞ、どうぞ。

ビアッジがモトGPタイトルを取れなかったのは、ドゥーハンを…

さて、当ブログでお馴染みの伊モトGP界ご意見番ことカルロ・ペルナット氏が、この度、『Belin, che paddock(なんてこったい、パドックときたら)』と言う本を出版しましてね!
まぁ、長年、2輪レース業界に籍を置くペルナット氏ですからねぇ…裏話やら暴露話が満載らしいんですよ。

で、そのなかに、あのマックス・ビアッジ皇帝様のエピソードもありましてね。
ずばり、なぜビアッジは最高峰タイトルが取れなかったのか?

こんな感じであります。

「マックスってのはね、とにかく黙ってられないんですよ。まぁ、そう言う意味では、友人であるホルヘ・ロレンソとそっくりなわけでね。
マックスは(1998年の)4月5日に鈴鹿戦で最高峰デビューし、PPからファーステストラップ、優勝と悪魔的な…とにかく、途方もないような活躍をしてみせたわけだ。
レース後、友人でもあるフリッツィがやってたラジオ番組に生出演したんだが…
ただひたすら喜んでればいいものを、いらないことをペラペラと喋りまくったわけですよ。なんてこったって話でねぇ。
『No.1は俺だ』とか『ドゥーハンの方が良いマシンに乗ってる』とか。ホンダのドゥーハンときたら、もうシンボルみたいな存在で…ゴッドファーザーみたいなもんでしょ。
結局、シーズン半ばには2人の関係が悪化してしまい…まぁ、だいたい、マックスと上手くやれたライダーなんているんだろうかね?
ドゥーハンがね、こう言ったんですよ…『マックスはプラスチックか何かでできたまがい物なんだろう…嘘しかつけない奴だよ。生身の人間なんかじゃない、スポンサーの造り物なんじゃないのかい。とにかく、愚痴しか言わないだろ』ってね。
これに対して、マックスがなんて答えたかと言えば、こうだよ…『多分、ドゥーハンは老いぼれてきたんじゃないのかい』
もう、滅茶苦茶なんですよ。これが決定的だったね。」

で、結局、そのシーズンの末、ビアッジ選手はホンダを去り、ヤマハへ移籍したわけで…ドゥーハン選手に嫌われてしまったからなんですね。
これについて、ペルナットご意見番はこう分析しております。

「高慢ちき野郎がとんでもないミスを犯してしまったわけですよ。まぁ、もしかしたら、本人はいまだにピンときてないかもねぇ。
気狂いみたいに速いマシンに乗れてたって言うのにねぇ。しかも、99年にはドゥーハンがすぐにケガをして引退してしまったわけだ。
そして、誰がタイトルを取ったかって言えば…マックスの後釜で入ったスペイン人のアレックス・クリヴィレーですよ。
マックスは、もしドゥーハンに楯突いてなければ、あのままホンダに残ってただろうし…おそらく、あの年、なんら問題なくタイトルが取れてたはずなんですよ。
そうしたらホンダのファーストライダーになって、その後、何年もタイトルを取り続けていただろうに。
ところが、ヤマハに行っちまったんですよねぇ。」

ちなみに、2000年にヴァレンティーノ・ロッシ選手がホンダ入りし、2001~2003年まで3年連続タイトルを獲得するわけですが…
もしビアッジ選手がホンダで続けていたなら、もしかしたら、ロッシ選手はヤマハからモトGPデビューし、ビアッジ選手にコテンパンにやられてたかもしれないわけですよ。
なんたって、あの当時、ベストマシンと言えばホンダ機だったんですから。

……口は災いの元ってことですかねぇ(遠い目)

では、そろそろ『バルセロナGPまとめ その1』ってことで…今回はホンダ大特集です!

あの多重クラッシュについての選手・メーカーの見解とか…
ホンダはロレンソ選手に感謝すべきなのか?とか…
マルケス選手はロレンソ口撃をしながらホンダに警告してるんじゃないかとか…

まぁ、どうぞ、どうぞ。

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