見出し画像

海外クラブのストアから学ぶJリーググッズの未来 -第3回 リヴァプールFC編-

シリーズ第1回はリスボンの美食をメインにしたグッズ展開をするSLベンフィカ、第2回はファッションの街パリのセンスを存分に活かしたPSGのストアを紹介した。
衣・食とくれば…… そう、"住"である。
今回取り上げるリヴァプールFC (以下、LFC)はグッズ展開のみならず、関わる人達の"クラブと生活の密着意識"が他に比べて特に強い印象だ。

街の中心地のLFCストア

LFCはホームスタジアムのアンフィールドと街の中心地に位置する巨大ショッピングセンターのLiverpool ONE内にストアを持っている。

Liverpool ONEは私たちが想像するショッピングセンターとは少し違う。
街の真ん中に店やデパートを集めたエリア一体で、通路には屋根がない。
解放感が溢れ、店の個性がそれぞれ光っていてとにかく楽しい。
ここに来れば何でも揃う、リヴァプール市内で一番栄えている場所だ。

その中心にLFCストアはあった。写真のエスカレーター横がストアである。
外観はこの通り。

レジの数も今まで見た中で一番多い。
ストアは2階建て。1階が普段使いのグッズやアパレル、2階がユニフォーム、トレーニングウェアだ。

↑ 2階全景のパノラマ。
店の作りも、グッズもアパレルもとにかくセンスが良く、心を掴まれる。

ゆりかごから墓場まで、ライフイベントには必ずLFC

最初の衝撃はこれだ。
1階のベビーグッズの奥に置かれていたベビーカーとチャイルドシート。

なんだこの世界一幸せな乗り物は…。

ディズニーオタク用語で"舞浜マウンティング"という言葉がある。
その名の通り、ディズニー関連にいくらお金を費やしたか・長年ファンでいるかをアピールすることで他者に対してマウントを取る非常に好ましくない行為なのだが、自分がこのベビーカーで育っていたら間違いなく「0歳の時からアンフィールドに通ったもんよ、LFCのベビーカーで」「乗り心地はまぁまぁかな、マセラティよりは静かだよ」とか言ってしまう自信がある。

また、この棚も結構な衝撃だった。

ランプシェードにまさかの湯たんぽ、玄関マット、ゆで卵入れだってある。
サッカーストアというより日用品ブランドではないか。
これはもう赤いモノ縛りのフランフランと言っても過言ではない。

「ちょっと爪切り買いにLFCショップ行ってくる」
なんて言葉を家族が発していたらダイソーにでも行った方がいいんじゃないかと言いたくなるが、ここではそれも現実なのだ。

爪切り、本当にあったよ……

なぜかストアがダンスフロアに…ホームの雰囲気は店内BGMから

次の日は試合日。少し早めにスタジアムに向かい、今度はアンフィールド内ストアで買い物を楽しむことにする。
ここで興味深かったのはBGMだ。
イギリスに限らず、海外のお店ってBGMに合わせてお客さんや店員が鼻歌を歌ってたり、軽いステップで踊っているのも見かける。
そんな特性を活かしてなのかLFCストアでは試合直前、チャントを店内BGMにしていた。

このBGMのポイントはあくまでフォークソング調ということだ。
スタジアムの音声を収録したものでは雑音も入り、店内商品を見るのにストレスが生まれるが、メロディアスな曲調だからこそ一緒に口ずさむ"国民的愛唱歌"のような効果が出る。
LFCにはかの有名な歌"You'll Never Walk Alone"があるが、あえてその歌ではなくチャントというのも良い。
"YNWAは宝だけど、LFCはそれだけじゃない" という心意気が伝わる。
また、これから試合の人にとっては喉を温め、歌詞で気持ちを高められる。

余談だが、私は大学時代のアルバイトで携帯電話のキャンペーンガールをやっており、毎週末ヤマ〇電機やビッ〇カメラの店内エンドレスBGMに悩まされていた。連勤の時は悪夢にうなされ、家族から「大丈夫?寝言でヤ〇ダ電機の歌を歌ってたよ…」と心配される始末である。

……なぜこうも同じ曲ばかりを流すのだろう。
お客様もトランス状態になってしまうが、売る側はさらに拷問である。
ただでさえ高度な商品知識を求められる店員がノイローゼ顔で昼食を取っていた休憩室が忘れられない。だからJリーグのグッズストアでBGMがエンドレスオフィシャルソングだったりするとそのトラウマが蘇る。
働く人が幸せな環境かどうかってゲストには思った以上に伝わるし、その企業への信頼度や愛着に関わるので、まずはBGMからでも改善して欲しい。

とにかくユーザー思いのシステムでストレスフリー

商品がかっこいいのはもちろんだが、このクラブのユーザー思いのシステムの数々に感動してしまった。3つほどご紹介しよう。

1. スタッフに声をかけやすいシステム
試合日のストアはとにかく賑わう。
その中でユニフォームのサイズを探したい、欲しい商品がどこにあるか聞きたい、などの要望はやはりスタッフに頼らないといけない。
そこで歩いているのが彼らだ。

STAFFでもなく"HERE TO HELP"の文字が何とも声をかけやすい。
また、LFCは赤がチームカラーだが、客が赤を着ている確率も高いので"あえて"パープルの服なのが目立って分かりやすいではないか。
配置スタッフの数が多く、待たされることがない。
めんどくさそうな顔をされることもなく、みんなとても親切に買い物の手助けをしてくれて快適であった。

2, お急ぎのあなたに店の外からも買える方式
キックオフ直前にスタジアムに来た人向けや、タオマフさえ買えれば…という人がわざわざ店内で商品を探し、レジに並ぶ…その手間を省いてくれるような窓口型ショップもストアの壁に配置されていた。
大きな駅のキオスクとかマクドナルドのドライブスルーみたいな感覚だ。

3, フォトジェニックはただの"映え"にあらず!
今までイタリア、フランス、スペインと各国のサッカーストアに足を運んだが、これほどフォトジェニックなストアは初めてだった。

ストア入口からこんなにかっこいいのだ。

インスタグラムで人気の構図の1つに"足元ショット"がある。

上記記事が分かりやすいが、憧れの場所に行ったことを気張りすぎずにほんのり、しかもお気に入りの靴と一緒にオシャレに伝える手段なのだ。

LFCはサプライヤーがスニーカーでおなじみのニューバランスなのでコラボ商品も多く発売しており、LFCスニーカーでこのロゴと足元ショットを撮れば完璧に仕上がる。それも踏まえてのビジュアルなのだろう。

また、偶然乗ったエレベーターの中もすごかった。
リヴァプールの歴代レジェンドと共に過ごせる夢のような空間。

アンフィールド内ストアの2階壁はロッカールームを模していた。

ただのロッカーでなく、買い物休憩できるベンチになっているのもありがたい。営業はしていなかったがストア内にはカフェもあった。

「インスタ映え」という言葉は少々悪いニュアンスで使われることも多いが、果たしてそうだろうか。
美しい空間は単純に居心地が良いし、クラブの打ち出したいイメージが明確に伝わってくるのも嬉しい。訪れたゲストはそのイメージを持って帰って「またあの場所に戻りたい」と思うものだ。
もちろん、SNSで素敵な場所に行ってきたことを友人と共有も出来る。
会う約束をして、話して…のハードルを下げてくれるのがSNSでの写真だ。
写真1枚で魅力を伝え、興味を持たせることが出来る。
きっかけ作りにはこれ以上ないほどの素晴らしいツールだから使わない手はない。

ストア以外でも街中にLFCモチーフのアートを用意したり、こういったビジュアル訴求を大事にしているのが分かる。

街中に馴染み市民を見守るアートといい、生活必需品を揃えるストアといい、冒頭の通り、随所から地域密着が伝わってくるのは偶然だろうか。

リヴァプールの街・市民と共に歩いてきたLFC

ここでフットボールクラブではなく、リヴァプールの都市に目を向けてみよう。
18世紀後半からイギリスの綿貿易が栄えた際、輸出に使われたのがリヴァプールの港だったという。
(その綿貿易の裏切りがきっかけで今でも続くマンチェスターとの因縁になっているのはまた別の機会に…)

港町ときけば舶来の製品や洗練されたイメージを持つ人も多いだろうが、決して華々しい側面ばかりではない。
三角貿易…つまり奴隷取引が行われていた場所としても有名で、さらには飢饉が起きた地域から人が大量移入し、貧富の差は拡大。スラム街も形成された。
第二次世界大戦では街に大打撃を受け、終戦後は港湾労働者の仕事も減り失業率が増加。過去の話ではなく、今にも続く貧困問題に繋がっている。

この状況で街のネガティブなイメージを払拭したのがリヴァプールの街から生まれたビートルズとLFCであった。

「ワーキングクラスの自分たちが生活を変えるには音楽しかなかった」というビートルズの言葉がフットボールと重なる:(ビートルズミュージアム内)

階級社会のイギリスでは出身の街がアイデンティティと結びつきやすい。
イギリスの中で肩身の狭い思いだったリヴァプールに新たな価値を与えてくれる英雄の存在に、市民は心のよりどころを求めた。
自分たちの出身地を悪く言う人達にフットボールで勝てたら、それはそれは嬉しくてたまらないことなのだ。
同じ地域に別のフットボールクラブがあることも連帯に繋がりやすかった。良い歴史、悲しい歴史もともに乗り越え、親やまたその親の世代から受け継がれた思いが繋がって今のLFCがある。そりゃベビーカーも作りたくなる。

この記事で私が書いたLiverpool ONE、さらにバルティックディストリクトのKlopp Artなども1980年代から始まったリヴァプールの都市再生計画の一環で、街のイメージアップや治安浄化の結果なのである。

美しいアルバートドックの景色。テート美術館や、奴隷博物館、海事博物館などがある。

前回のパリは地元の人ではなく観光客を取り込む方法に舵をきっていたが、こちらは地元を大事にするモデルケースだ。
「クールなブランディング」という言葉はただスタイリッシュに、普段使いグッズを増やせば良いのではない。地域の持つ歴史や、クラブのアイデンティティを大事にしてこそ、である。
また、ユーザビリティを考えることでサポーターのクラブ愛が深まり、さらにファンが増えるということをこの地で教わったような気がした。

ここまで読んでくださって本当にありがとう! サポートも大変励みになりますのでよろしくお願いします。