来ないであの世 Jリーグが自殺願望を少し抑えてくれている

希死念慮、とか書いた方が良いんだろうけど伝わりやすいタイトルにしたかった。 私はたまに心療内科のお世話になっている。

いつもは安定しているけど、仕事が忙しい時や周りの人と上手くいかない時、あとはPMSの時期になるととにかくダメだ。すぐに鬱っぽくなる。
自分って人に迷惑ばっかりかけてるし、誰かと上手く関係が築けない。
ありのままの気持ちや病名をネットに吐き出すのも「構ってちゃんアピール」とか言われそうだから、必死にいのちの電話に何度も電話をかけた。
この声のオペレーターさん、前も話したことあるな…。

人に必要とされたかった

とにかく自己肯定感が低い。
最近はコウペンちゃんというキャラを心の中に飼っているつもりで無理やりにでも自分のことを(すごい!えらい!)と褒める。

そうすると"わざと"やっているのにすごく心が落ち着く。その繰り返しで段々元気が出てくる。

でも会社で上手くいかなかった数年前はそうもいかなかった。
先輩から毎日罵倒されて、給湯室では熱湯を手にかけられた。
入社した時は優しかったのにどうして? 自分は必要ない?
そんな時にJリーグと出会ったのである。

Jリーグは運営に乗っかるんじゃなくてサポーター主導で動くことが多い。
これは今まで舞台やライブのエンターテイメントしか知らなかった自分には衝撃だった。
選手が入場する時に客席が200席くらい隠れる大きな幕 (ビッグフラッグと言います)を掲出するのもサポーター、コレオを作る旗もサポーターのカンパ。応援の太鼓やリードだってサポーター主導なのだ。

サポーター歴が少し長くなると活動に参加したくなる。
そして上手くいくと「頑張ったね」「今日も上手く行ったね」「集まってくれてありがとう」なんて声をかけあうのだ。会社とは大違いである。
行動することで達成感があるし、褒め合うことで安心できる。
最初は「みんな大げさに褒めすぎ」なんて上手く言葉を受け取れない自分がいたけれど、自分も労いの言葉を人にかけると幸せになれた。
お客様でいるのも楽しいけれど、この雰囲気を作り出せる一員になれているなんて! 少し人間らしさを取り戻せたような気がする。

サポーター数を減らしてはいけない

単純に1人サポーターが減れば観客動員が減る、お金を落とす人も減る、
応援の声が減る、TwitterでマリノスのRTをする人が減る。
弱気な時は(自分1人くらい減ったって…)と思ってしまうが、やっぱり敵チームのことを考えると絶対に負けたくない。
(マリノスは最高のチームだからなんとしても威厳を守るのが役目だ)なんて勝手に背負いこむ性格が効いた
自分のことは優先できないけど贔屓チームの為なら頑張れる。
その気持ちでい続けたら、アウェイ遠征に行く人には事故なく帰ってきて欲しいと願うようになったし、体調の悪そうなサポーター仲間がいれば心配してしまう。 ある意味お互いの見守り文化なのかもしれない。

ガチの宗教

見守り文化で思い出したけれどサッカーの応援は宗教だとよく揶揄される。
統率の取れた応援とか、人生をかけてしまう海外サッカーの文化とか。
それとは別に人を引き入れる力があるな、と感じたことがある。

以前、お付き合いしていた人が宗教にゴリゴリハマっていた。
抵抗があったものの、なるべく理解だけはしようと宗教について独自に調べていたところ、人の本能に訴えかける構造があることに気が付いた。
 ・信者同士の繋がり
 ・共通の敵を作り、結束力を持たせる
 ・声を出させる
 ・正しく生きる指針

信者になると毎週会合があるらしい。みんなでお経を読むのは実は本質ではなくて、繋がりを作って抜けにくくしているように見えた。
(中には抜けたい人もいるかもしれないが)どちらかというと「会うのが楽しみ」になってきている人が多い。むしろ友人に会うのが目的になっていたりする。これってスタジアムでも一緒だ。
馴染みの顔に会うと安心するし、お菓子を渡しあったりするだけで楽しくなってしまう。しかも自然と外に出られている。健康的。
この繋がりというのは貧困層のライフラインになっている宗教の側面に近く、お互いを見守りあうことで生きる希望が湧く。
確かに私がスタジアムやツイッターのTLに現れなければ、たとえその時孤独死していたとしても誰か気づいてくれそうな気はする。

「共通の敵」について宗教の話は控えるが、サッカーは明らかに対戦だから敵がいる。敵がおらず悠々とやっていると目的を失ってやめる人が出てくるのだ。Jリーグ創成期からのダービーや移籍した選手がいるチームとの対戦は明らかに力が入るし、贔屓クラブへの忠誠心が強くなる

「声を出す」についてだが、お経って意外と大きな声であげることを知った(会合に参加するのは苦手意識があったのでYouTubeでこっそり見た)
大きな声を出すとストレス解消になる。カラオケがその代表だろう。
しかもみんなで同じことを唱えれ(歌え)ば無敵感が出てくる。
スタジアムの応援もこれに通じ、終わった後に達成感や気持ちよさがあることは、無意識にまたやりたくなる

「正しく生きる」について。
マリノスサポーターは試合があることを街中でアピールしたり、サポーターがいることを広めて地域のスポンサーや協力店を増やす為にユニフォームでスタジアムに行く人が多い。つまりは自分がクラブの看板になるのだ。
行く道すがら困っている人がいれば手をさしのべ、電車で妊婦さんがいればすかさず席を譲る。当たり前のことしかしていないが、ユニフォームで悪事は出来ない。人に優しくすれば自分も幸せでいられる

結局、清貧をモットーとするその宗教と散財ばかりしている私が相容れることはなく入会はしなかったが、宗教と聞いてアレルギーみたいな嫌悪を持つことはなくなったし、外国の人が「どうして日本人は無宗教でいられるの?」と聞く理由も分かった。心のよりどころであり、より良く生きる為に必要なのだ。偏見を取り、誰かを理解する為の勉強にはなった。

確かに平日嫌なことがあってもマリノスが勝てば元気でいられる。
しかし2013年の優勝争い、マリノスはまさかの2位でシーズンを終えた。
気丈に振舞っていたがその2日後、私は急性胃腸炎を起こし会社で倒れる。
この体調の左右されっぷりをよりどころと呼ばずして何と呼ぶのだろう。

自分軸で生きることを知った

応援歴のほぼ毎週をサッカーに捧げているが未だに戦術が理解できない。
最初のうちは毎回マッチデープログラムを購入し、詳しい人のツイートを見て勉強していたが全然ダメだった。
そもそも私が戦術に詳しくなろうと思ったのは「もっと知りたい!」という動機ではなかったからだ。
「サッカーを見てるのにオフサイドも分からないの?」「どうせイケメン選手が好きなんだよね」「男漁りにスタジアムに行ってるんでしょ?」「ニワカかよ、本当のサポーターって言うのは…」「女の声は応援に向かない」
その言葉に対抗するには戦術や用語を知り、応援に参加し、サッカー競技が好きなことをアピールするしかなかった。マランダラージって何だよ。
でもふとその呪いから解けた時があった。マスコットに出会ったのだ。
今までディズニーランドに行っても(よく動くな~)としか思わなかったマスコットなのに通い続けていたら心を掴まれた。

最初は抵抗があったから応援を頑張るマスコット好きでいようとした。
チャントも声をわざと潰し、前段で飛び跳ね、ミーハー女に見られないようにノーメイクで行ったこともある。(女性性の喪失)
でもマスコットの列で顔見知りが増えると色んなタイプのサポーターがいるのだと知り(頑張りすぎなくていいんだ)と思えた。
そうしてマスコットを愛でていたら、それが自分の個性になった。
ちなみに私が文章を書き始めたのは勇気を出して行った「マスコット会」がきっかけだ。参加して仲良くなった友人に新規媒体のライターに誘われたのである。経験はなかったが、新しい挑戦が自信につながった

マスコットってやわらかくて、ふわふわしていて、触れあう時間は写真撮影の数秒だけどすごく心が穏やかになる。
しかも生きているから背中をさすってくれたり、抱きしめてくれたりする。
10番が移籍したオフシーズン明けの最初の試合なんてマスコット好きじゃない人もマリノス君に抱きしめてもらう為に長蛇の列が出来ていた。
最高のセラピーであり、癒しなのだ。

応援を引っ張るコアサポーターが応援を呼びかけるのは大事なことだ。
彼らが”強めに”呼びかけなかったらスタジアムはまとまらない。
でも私たちだって自分の体調や気分次第でそれに参加するしないを決める自由がある。だから押しつけ、とネガティブに受け取らずに取捨選択していい。彼らは自分の役目を全うしているだけなのだ。

また周りの声や世間体、あるべき論に左右されなくていい。
小学校から同調圧力に慣れてきた私たちには勇気がいるが、大人だって男性だってマスコットを好きでもいいし、イケメン選手も好きでいい。
イケメン選手を応援しない風潮がまかり通れば、声援がひときわ大きい選手は自分の顔を心配する事態になる。そんなことはおかしいのだ。
性別でもなんでも”○○らしさ”とかない。あるのは自分らしさだけだ。

他人軸でなく、自分軸で応援が出来るようになった今、私は最強だ。
応援もチームが苦しくなったら自然と「声を出したくなる」し、今年のサッカーを見てから俄然戦術に興味が湧いてきた。
自分の心の声を大切に、なんて言われてもそもそも心の声が聞こえなかったけれど、段々とその感覚がつかめるようにもなった。
この経験のお陰で日常でも自分軸で生きられるようになった

今苦しい思いをしている人に当てはまる文章かは分からないけれど、飽きっぽい私がここまで続いた趣味ってサッカーが初めてなのだ。
引きこむつもりはないけれど、心が少しでもラクになりますように。
そして、この記事を書いたことで自死を選べば説得力がなくなるから私にとっても有益なのであった。
生きることへの執着や死を口にしてはいけない理由は今でも分からないけれど、マリノスへの執着はある。それで十分だ。

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ささゆか

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