いきなりキナリ杯で愛を叫ぶ

昔からなんとなく「関西の人」が苦手で。

関西の人が苦手なのか、大阪の人が苦手なのか、
はたまた大阪弁っぽいものを喋る人が苦手なのか。
自分でもよく分からないものの、ざっくり、合わない人種だと思ってた。

今は東京に住んでいるけれど、私は東北出身で、
知る限りの先祖まで遡ってもみんな東北の人だ。

そして私の父に至っては、飛行機&人混み恐怖症なもので、それらに絡む場所へは一切行かない。
生まれて初めて東京に来たのも齢60の時(私の結婚に際した両家顔合せ)だし、何を思ったか、介護用オムツ持参でやってきた。
人混みの中でトイレに行きたくなったら履くのだ、と、父なりの覚悟の決め方だったらしい。

そんな感じだから、父は昔から、関西地方のことを話すときもまるでそこは外国かのような言いぶりだった。
無理もない。生涯関西に行く予定も、行く気もない。
だから、すこしの情報と思い込みで、好き勝手言っていた。

関西の人は納豆を食べないらしい。
足を踏み入れてはいけないほど、治安が悪いところがあるらしい。
更には、芸能界には東北人が少ないのは関西勢が強すぎるからで、人がいい東北人は負けてしまうのだという。

まあ大体破茶滅茶なんだけど、私がなんとなく関西に苦手意識を持っていたのは、そんな父のせいかもしれない。父にも別に、悪気はないのだけれど。  

それなのに私は、社会人になってしばらくして、関西出身の人とお付き合いをした。    

人生において最初で最後の「関西人の彼」は、
初デートにスタバのカップ片手に現れるし、
面白いし、おしゃれだし、英語の発音がよかった。
今まで出会ったどんなに頭のいい人より、英語の発音がピカイチだった。
そんな彼のお母様は、いわゆる芦屋の奥さまで、バイオリンを嗜むオシャンティな人だった。  

ある日、その元カレと、お母様と3人で食事をするという大イベントがやってきた。  

ドキドキしていた。

いい靴がなかったから、前日に仕事を早めに切り上げて、DIANAで1万円強のパンプスを新調したのを覚えてる。今となっては本当によくわからないのだけど、何故か、豹柄が少し入ったローヒールのパンプスを買った。豹柄のものなんて、それまでの人生で一度たりとも持ったことないのに。

お母様に関する前情報は、食事会の直前に聞かされた。今度、近所のホールで、家族総出で出演するクラシック演奏会を計画しているということだった。

正直、いまこの現代社会においてそんな公家の嗜みみたいな話あるかと思ったし、色々突っ込みどころがあるから、せめて2週間前にはその情報を与えて欲しかった。

でも、今夜そのネタをふらないわけにはいかない。  

食事が始まって、自己紹介が終わってから、私は掴みのつもりで聞いた。

「今度、バイオリンの発表会をされるんですよね?」

「発表会じゃなくて、演奏会な。」

やっちまったなあ。

素人がするものは発表会。
プロがするものは演奏会。
男は黙って演奏会。
恐らくはそういう括りなのだろう。
そういうアレならもっと前に心の準備をさせて欲しかった。紛れもなく私はしくじった。

でも、次の話題をふってくれたのはお母様の方だった。

「ところで、東北の食べ物は何が美味しいん?」

「色々ありますけど、私は岩手の盛岡冷麺が好きですね。」

「盛岡冷麺?芦屋には売ってないなぁ。なぁ?」    

東に盛岡冷麺が好きだという者あれば、「別辛にする派か、酢の量はどうするか」と拘りを探り。
南に食べたことのない者あれば、「ゴムみたいな食感なので好き嫌いあるかもしれませんけど」とハードルを下げ。
北に苦手だと言う者あれば、「ちょっとゴムみたいな食感ですもんね」と寄り添い。  

私が人と盛岡冷麺について語るときは、いつだってそんなふうにしていた。

今回図らずも、西に「ソンナモノ ウツテナイ」と言う者が現れたのだ。斜め上の反応に、私の中の賢治もてんやわんやである。行って看病することも、その稲の束を負うこともできなかった。

「おいしいんやで。この前作ってくれたけど。」

申し訳ないけど、この食事会における元カレの発言で覚えているのはこれだけである。

もはや、その食事会に居なかったのかもしれない。

これにて、少数だが強力なサンプルのおかげで、私は父に準じて関ヶ原を越えないことに決めた。関西の人だって、ちんちくりんずーずー弁な私を、相入れないと思うに違いない。  

それから数年経ったある日、
私は岸田奈美さんの書く文章に出会った。  

言わずもがな、ここまでがこの記事の前置きである。

赤べこをタイトルにするなんて。
そう思った。

赤べこといえば、東北は福島県の名産品だ。
関西の人なのに、東北の名産品をタイトルにしてくれている。今思えばこの時点で心を開きかけていた。

岸田さんの文章は、だいたい笑って、時に泣けた。

たおやかなのに芯がある。

物語として楽しいだけでなく、日常における生き辛さを軽減するヒントを与えてくれた。

多くはない経験と、先入観ありきで取捨選択される情報から、思い込みスープをくったくたに煮込みがちな私に。
そして、全然別の思い込みスープを作ってる人に、自分のエッセンスを無理に混ぜ込もうとしがちな私に。

私のこじらせ燻っていた関西人苦手説は、ここにきて覆ったのである。
どのくらいのレベルで覆ったかと言うと、ないことを証明しようとしていたものについて、あることが証明できちゃったような感じ(これ伝わってほしい)。

だから私は、私みたいな煮込みがちな人に、全力で岸田奈美さんの文章をすすめたい。
こんな人がいるなら、もう少し希望を持ってこの世界で生きてみてもいいかなと思う。要約するなれば、「世の中捨てたもんじゃない」。こう思うだろう。  

私が元々この記事を書こうと思ったのは、実はキナリ杯のためではなかった。
コロナで大好きなコメディアンが亡くなったからだ。  

小さい頃から楽しい時間を与えてくれたテレビの中の喜劇王が、舞台をやっていたことを知ったのは、恥ずかしながら彼が亡くなった後だった。
なんだかとても悔しかった。志村魂を見に行ってみたかった。機を失ってから気付く、なんてことはもう繰り返したくなかった。

だから、好きな人に対しては能動的に、相手にとって最良の形で受け取ってもらえるうちに、気持ちを伝えようと決めた。

それは、いいねボタンですませていたところを数千字の文章にしたり、公開されている無料記事を読むだけで満足せず有料記事に課金することだった。

キナリ杯のお知らせを見たのは、その矢先だった。
チャンスの神様だと思った。

だから正直、関西人苦手だった説なんて、実はどうでもいいこじつけなのである。こんなストーリーに仕立て上げてしまって、全関西人のみなさまに謝りたい。

しかし問題だったのは、ここまでの文章を仕上げてから、キナリ杯の実施要項をちゃんと読んだことだ。    

キナリ杯っておもしろい文章コンテストなんだ。

キナリ杯とは、岸田奈美さんがおもしろい文章を読みたいがために開催されたコンテストだ。
しくじった。おもしろいことひとつも書いてない。

それまで子供達を寝かしつけた後の楽しみだった、あつまれどうぶつの森をやめてまで書きあげた文章だったのに。自分へのケジメのために、Switch Lite共々処分したというのに。

これではコンテストの目的に沿っていないので、せめてもの償いに、この場を借りて他で起こしたミスを償わせてほしい。償いに便乗した償い。償いオブ償いである。  

私が以前、人生初の接骨院に行ったときの話だ。  

赤子(別名暴れる米俵)と一日の大半を共同体として過ごすため、肩も腰もバキバキだった。

施術の段階になると、バイトさんらしき若き女性が、電気治療の機械の前に通してくれた。
椅子に座って、電気をかける形式らしい。

「肩と腰に、電気をかけていきますね。」

まず肩に吸盤らしきものをつけられる。次は腰だ。

その時、一番肌に近い服を捲り上げられる動作に、違和感を覚える。

いや、正確に言えば捲り上げられていない。
色々考えている間にも、事態は確実かつ深刻に進行していた。

***

これを読んでいる方でデカパンを履いたことがある人はいるだろうか。

おそ松くんに登場する「ホエホエ」が口癖のおじさんのことではない。
お腹まですっぽり隠れる、妊婦向けに発売されているおパンティのことである。色々あると思うけど、ここではそれをデカパンと呼ばせてほしい。

一切締め付けのない、程よいゆったり感、お腹まですっぽり包まれる安心感から、一度履くと癖になる代物だ。

大きな声では言えないのだけれど、私は数年前の上の子の妊娠中から綿100%のデカパンを愛用し続けている。エブリデイデカパンユーザーである。

***

お気づきだろうか。
私は エブリデイ デカパン ユーザー である。

その日も例に漏れず履いていた、お腹から腰にかけて覆うそのブツを、恐らくキャミソールか何かの肌着と勘違いされている。
何度も何度も捲り上げようとしているが、無理だ。
だってお姉さんが掴んでるそれは、肌着ではなくおパンティなんだから。

自分でさりげなく手を腰に伸ばして、デカパンが腰を覆う部分を、少しだけ下げる。

お姉さんは気づいた。自分が今までしていたことに。
嗚呼そんなに謝らないでくれ。お願いだから。
ここまではっきり声に出して言えなかった己の弱さよ。

そんなわけで。

禊のために、もし10万円がもらえたら新しい下着を揃えようと思います。(デデーンッ)

と、一度書いてやめた。

デカパンはやっぱりイイ。イイものはいいのだ。
だから私は、その10万円の一部で岸田さんにデカパンを履いてほしい。これは母心のようなものである。だから、別に履かなくてもいい。とりあえずオススメしておく。

で、その残りのお金で、私は自分のパジャマを極上のやつに新調させて頂きたい。

というのも、今着ているパジャマは、デカパン同じく前回の妊娠の時から来ているマタニティパジャマの横流しなのだ。
毛玉がわんさかついているので、気分の上がりそうなテカテカシルク極上パジャマにでもさせて頂こうと思う。

ちゃっかり10万円の使い道まで記してしまったけれど、これは岸田奈美さんへのラブレターだ。
読んでもらえたら、それだけで万々歳だ。

#キナリ杯

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