ワタシ的運命の人見分け方論

思えば、就活が終わったあたりからだろうか、
女子大生達の会話に「結婚」の二文字が踊りだした。

ひとまず就職先は決まり近くの未来はなんとなく見えた、
次はどんな人とどんな結婚をするかだ、と。

高校生の時に日本でのオリンピックの開催が決まり、友達と
「2020年のオリンピックまでには結婚してて、旦那さんと子供を連れて見に行けたらいいねえ」なんて言っていたけれど、とんでもない。
もうオリンピックは2年後にまで迫っている。

それくらい、つい最近まで「結婚」という言葉はとても遠いところにふわふわと浮かんでいたはずなのに、気づけば現実の延長線上にしれっと座っていた。

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そんな状況も相まって「結婚」や「恋愛」というものに改めて関心が湧いた。
幸いなことに、世の中にそれらをテーマにした話は無限に存在している。

そういったものについて関心を向けた中で、心に残った言葉がひとつ。

「世界に一人だけの運命の人がいて、その人と結婚するようにできている。」

ここだけ切り取るとディズニープリンセスかよって感じだが、
例えば仕事か結婚かを取らなければならないとして、今は仕事を頑張りたいと思い結婚を断念したとする。それは仕事を取ったことが悪いのではなくタイミングの問題と運命の人ではなかっただけだ、という文脈の中で出てきた言葉だった。これがなぜだかわたしには刺さった。なんでだろう。

なるほどなあ、運命の人が一人いて、するとしたらその人と結婚するのかあ。
とそこだけ何故かなんの論理的思考もなく納得したわたしだったのだが、
「じゃあその運命の人ってどうやったら分かるの…?どういう基準…?」
という至極真っ当な疑問が湧いた。

どんなに完璧な人でも嫌なところだって絶対にある。運命の人にだってきっと。だったら嫌なところが見えるたびに切り捨てていってはいけない。
かといって、相手の全部が全部を許せるかと言われても、難しいときだって勿論あるはずだ。妥協が必要なのかもしれないし、妥協しすぎてもいけないし、自分も努力して変わっていかなければいけないし、相手も変わらなければいけない部分があるかもしれない。見極めはとても難しい。
「びびっときた人だよ」なんて言っても、どういう状態が「びびっと」なのか分からない。


あれこれ考えた結果、ある基準を提示してみようと思う。

・「なにを相手からしてもらえるか」ではなくて、
「なにを相手にしてあげたいか」を考えてしまう

・なぜ相手のことが好きかうまく言えない

この2つである。

きっと、人から与えてもらうことを期待してしまうことは多い。
例えば女性なら「相手が高収入だから」「優しくしてくれるから」、男性なら「若くて綺麗だから」「料理がうまいから」みたいな基準で相手を選んでしまうことって、これからもっと増えていくのかな、なんて思ったりする。

でも、長くいい関係を続けていきたいと思うなら、たぶん自分がなにをしたいと思えるかを大事にした方がいい。
「やってあげてる」じゃなくて、「してあげたい」。
この気持ちがないと、途中で疲弊してしまう気がする。

その上で、「うーんどこが好きって言われてもよくわからんけど、なんか好きなんだよなあ。」と思えるのはとても幸せなことである。と思う。

サヨナライツカに影響をされまくっているが、結局「愛したことを思い出す」人生が最強なのだ。

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自分が運命の人と出会えるのか、果たしてそんな人が本当に存在するのかは分からないし、小娘がなにを偉そうに語っているんだという感じだが、現時点での自分的にはなかなかいい基準なんじゃないかしらと考えているので、もしこれから恋愛で悩むことがあれば上記の指標を参考にしようと思ってます。良かったらあなたも、是非。


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白石 萌莉

日々のあれこれ

考えたことをつらつらと。
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