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アスファルトの香りとセンチメンタルな春

外出しようと玄関を出ると 家の前の道路がすっかり綺麗になっていた

昨日まで約一か月間続いていた水道管耐震化工事が終わり 
でこぼこだった表面も最新の素材で舗装されたのだ
なめらかな道路は気持ちの良いもので 心なしかいつもの景色も
すっきりとしたものに見える
いや、すっきりどころか少々寒々しい

なぜこんな風に思うのかというと、、、

先月の今頃、工事が始まった当初のこと
家の周りを取り囲む数台の重機やガリガリと道路を削る音が
あまりにも大きくてびっくりしたものだが
それも将来起こるであろう大地震の備えだと思い
我慢を自分に言い聞かせた

ただ ひとつ私が耐え難かったのは
常に家の周りに十数人の作業員さん達がいるという事
洗濯を干しても、花壇に水やりをしても、ポストに郵便を取りに出ても
そこにはいつもヘルメットおじさんがいた

目が合う度に「あっ、どうも」などと挨拶だか会釈だかわかんないような
態度でやりすごしていた
彼らだって仕事に来ているわけで 
我が家を見張ったり覗いたりしているのではない
そうとわかっているけれども
妙な衆人環境に置かれたような 落ち着かない気持ちになってしまった

しかし人間、どんな環境にも慣れるもので
一週間もすると自ら積極的に「おはようございます!」
などと大声で挨拶をするようになった
そうなると後は早い
ヘルメットおじさん達も同じ音量で返してくれる
私が出かける際には「行ってらっしゃい、気を付けて」
と見送ってくれるし
帰宅の折には もちろん「おかえりなさい」
ついでに「さっきAmazonさん荷物置いていきましたよ」とか
「新聞の集金さん来ましたけど留守だったので また後でくるそうですよ」
など ちょっとした一言も添えてくれた

普段、家族を見送った後の一番最後に家を出るので
あんまり「行ってらっしゃい」を言われる機会がなかったせいか
ちょっと嬉しいぞ
やっぱり挨拶って気持ちがいいもんだ

そんなこんなで数週間経つうちに私の気持ちは
衆人環境で鬱陶しい から おじさん達に守られている 
に変化していったのである
たとえ宅配を装った強盗に押し入られても
大声だせばすぐそこにはヘルメットおじさんがいる安心感

もひとつ ついでに
工事期間中は妙なセールスも来なくて助かった
宅配牛乳やら 光ケーブルやら 断るの面倒くさいからね

極寒の日も強風の日もいつも側にいてくれてありがとう
最後にお礼くらい言いたかったのだが
たまたま私が留守の日に工事は終わってしまい
おじさん達とはそれっきり。。。

まっさらな道路を踏みしめて出かける私に
「行ってらっしゃい」を言ってくれる人はもういない

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