ランダウ・リフシッツの量子力学とブラケット表示

4月1日はランダウの命日です。「わたしは幸せだった。全ては順調だった。」が最後の言葉だそうです。

ランダウ・リフシッツの量子力学の教科書をテキストに量子力学の講義をしていると、よく聞かれるのが「内容が古くありませんか?」というのですが、「どこらへん?」と具体的に聞いてみると、「ブラケット表示を使わないのは遅れてませんか?」という回答が来ます。実際、多くの(理論)物理学者はブラケットの信望者が多いですし、私の講義でも他の本が読めないと困るので、補足として教えます。しかし、ディラックのブラケット表示が本質的に重要であるか?と言われると私にはよくわからないのです。

ブラケット表示を使う利点がどこにあるか、その信望者に聞いてみると、ほとんどすべての場合が、 $${1 = \sum_n |n\rangle \langle n|}$$ にあると言うと思います。このありがたい「公式」ですが、実際のところ、数学的には「自明な恒等式」であり、(重要な)物理の式としての中身を持っていないというのが私の見解です。この式に、物理的な意味があるとしたら、それは、どんな物理的な状態は物理量の固有状態の重ね合わせで書き表すことができる、つまりランダウ・リフシッツの教科書では「重ね合わせの原理」として導入されているものですが、それは教科書の一番最初に量子力学の仮定として(ブラケットを使わずに!)議論されています。

$${1= \sum_n |n\rangle \langle n|}$$ の式がありがたいのは、そうやって展開すると、$${|A\rangle = \sum_n |n\rangle  \langle n|A\rangle}$$ だから、展開係数が $${\langle n|A \rangle}$$ だとわかる!ということなんだろうと思います。しかし、これはブラケットを使わないとわからないほど非自明な式なのでしょうか?あるベクトル $${\vec{A}}$$ の x 座標は、$${\vec{A}}$$ と x 方向の単位ベクトルの内積であるというのは高校生でもわかる話です。もちろんブラケットを用いずに!

というわけで、私はディラックのブラケットには深遠な物理はないと思っていて、ランダウ・リフシッツの教科書が「ブラケットを使ってないから古い!」という意見には賛同できません(そもそもディラックの本はもっと古い!)。ディラックのブラケットをできるだけ使わない最近の教科書にワインバーグがあります。ディラックのブラケットは反ユニタリ演算子の取り扱いが非常に不便であるなど、様々な深い理由があってブラケットを使わないスタンスになっているようです。

ただ、個人的な経験では、ワインバーグの表記で経路積分を教えたら学生に不評であったので1度きりでやめました。その代わりに、反ユニタリ演算子はディラックの記法では教えづらいのでスキップすることにしています(ごめんなさい!)。

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