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新卒採用なし!ドイツの就職システムを大解剖

新卒一括採用がなくなると、今後どんな影響が…?

そのヒントを探るべく、就活ルールを持たず独自の就業システムで構成されたドイツに着目!

【あなたはなぜその国へ?】でもフィーチャーしたドイツ在住13年目の町田文さんに話を伺いしました。ドイツで学問を修め、現地企業でインターンシップ、トレイニーを経て会社員となり、現在はマーケタ―・広報・ライターとしてミュンヘンで活動する彼女。貴重な経験談と知識を教えてくれました。

◆Profile◆
町田文/マーケタ―・広報・ライター/30代
移住地:ドイツ/13年

Q1:新卒採用がない中で、学生は一般的にはどうやって就職先を探しキャリアを積む?
「求人サイトなどを頼りに履歴書とカバーレター(志望動機や自己PRを明記した1枚の文書)を企業に送り、面接を受けることが一般的です。有名な求人サイトはStepstone、Monster、Indeedなどで、インターンシップの求人もあるほど充実しています。あとは気になる企業のホームページに求人募集があるか確認します。 企業の募集要項にはきちんとどの部署のどんな役職に空きがあるか書かれており、新卒者を大量に採用するようなことはありません。トレイニーやエントリーレベル(経験不要)の募集も多く、キャリアのない新卒者はそのポジションからキャリアをスタートさせることがほとんどです。キャリアの積み方は転職(ドイツ人の6割以上は人生で1〜5回転職します)、会社員からフリーランスに転身、大手企業に勤めている人ならば企業内でキャリアを積む傾向があります。」

Q2:文さんは大学在学中、就職するために何をした?
「当時は雑誌編集に興味があったので、学生雑誌の編集者を2,3年していました。自分で企画を練り、取材をして記事を書く基礎を学びました。インターンシップは卒業後に半年間、PR会社のファッション部で経験しました。私の場合は卒業後にインターンシップをしましたが、在学中に経験する人が多いです。」

Q3:就職活動中に、日本で働こうと考えたことはありましたか?その理由を教えてください。
「大学3年生当時は、卒業まではドイツにいて、卒業後は日本で就職を計画していました。しかし、日本は気に入った企業に入れても望む部署に入れるとは限らないので、興味があった編集やPR職に就くためにはドイツで就職した方が遠回りをせずに済むと思いました。前述にもありましたが、ドイツでは空きのあるポジションに応募することが普通で、入社してから異動先が決まるというシステムはありません。そのため、やりたいことがはっきりしていた自分にはドイツの就職方法が合っていると感じました。ただ雑誌編集は、どう頑張っても語学力でドイツ人に負けてしまうため、編集者になる夢は諦め、ドイツ語が完璧でない外国人でもチャンスが与えられるPR職に進もうと決めました。」

Q4:最初の就職先とポジション、仕事内容は?
「インターンシップ終了時期にトレイニー(Trainee。見習い、研修生のようなポジション)の空きがなかったため、別のPR会社のファッション部に入りました。トレイニー期間は1年と決まっていて、その後の契約更新(=アシスタントに昇進)は未定でした。トレイニー期間中はメディアへのサンプルの貸し出し、イベントのお手伝い、プレスリリースの作成などをしていました。」

Q5:その後、転職を決意したきっかけは?
「その企業は従業員10人程度の小企業で、トレイニーとアシスタント期間を経てジュニアPRマネージャーまで昇進できました。更なるキャリアアップも可能でしたが、お世話になった先輩が密かに転職活動を進めていたので、私も影響を受けて(笑)。小さな職場なので、当時はその先輩以外の人と組んで仕事をすることが考えられませんでした。また代理店より、営業部などともっと密に働ける企業のPR部に勤めてみたい、という気持ちもありました。」

Q6:転職希望者に対して、企業側が求める人物像や経験、スキルとは?
「ドイツ企業の募集要項にはきちんと求める経歴とスキル(〇学科を卒業、〇年以上業界にいる、チームリーダーの経験があるなど)が明確に書かれているので、全てかほとんどの項目に当てはまる人が有利ですよね。英語力を求められることも多いです。人物像ではコミュニケーション能力が高い人、チームワークができる人、自主性がある人などが求められています。」

Q7:在学中の学生に対し、ドイツの企業が求める人物像は?
「学生は未経験でも良いのですが、企業によっては同じ業界でインターンシップなどをしたことがある『ちょっとした経験者』を求めることもあります。あとは学んでいる学科が仕事と合うかなど見られます。語学力とPCスキル(ワード・エクセル・パワーポイントなど)も重要視されます。」

Q8:新卒採用がないメリット・デメリットは?
「メリットは自分の学歴とやりたい仕事さえマッチしていれば、道がきちんと開かれること。また、ワーキングホリデーなどで自分の履歴書に空白の期間があってもきちんと説明すればマイナスにならない。 デメリット(=新卒採用のメリット)はまだ何をしたいかよく分からない人達にとっては自分探しをする機会が与えられることになるかと・・・仕事を通して自分の好き嫌いを発見できるかと思います。」

Q9:ドイツの大学進学率が低い理由は何だと思う?
「ドイツの若者の大学卒業率は約36%。背景には退学率が高いこととデュアルシステムを利用して別の形で職に就く人が多いことが挙げられます。」

Q10:大学へ進学しない人々は、学業を終えたら何をして、どのような職に就く?
「質問に答える前にドイツの学校制度について説明させてください。ドイツの学校は日本より細かく枝分かれされていて、小学校が4年で終わります。その後は3つのタイプの学校があります。 ギムナジウム(Gymnasium)は日本で言う小学5年生から高校3年生までの一貫校で、大学進学を目指すのに有利な学校です。 他には5,6年で卒業するミッテルシューレ(Mittelschule)とレアルシューレ(Realschule)があります。このタイプの学校を卒業した生徒(日本の義務教育修了)はデュアルシステムに加入し、専門学校に通いながら企業で職業訓練を受け、最終的に専門職に就くことができます。技術系、営業系、医療系など多様な業界と職種でデュアルシステムが導入されています。 デュアルシステムとは、職業学校に通い、ある職業の理論を学校で習い、実技は企業で身に着けるシステムです。分かりやすい職業でいうと美容師、調理師、看護師など。ほとんどの職業訓練は3年で修了します。」 (一部の州ではこれらの教育機関を統合したゲザムトシューレ(Gesamtschule)という学校制度を導入していますが、ここでの深入りは避けさせていただきます。)

Q11:大学進学した人でもデュアルシステムに移行するケースもある?
「珍しいケースですが、ヨーロッパ民俗学科を卒業した友人がアートセラピーのデュアルシステムに加入しました。ただ、一般的にはデュアルシステムを終えて専門職に就いた人がアビトゥール(Abitur。高校卒業資格と大学入学資格を兼ねている)という資格を取得し、大学進学するケースの方が多いと思います。私の夫(ドイツ人)も実は電気工事士の職業訓練を受け、一度就職しました。しかし、仕事に飽きを感じるようになり、アビトゥールを取得して大学に進学。土木工学を学び、今は建築技師として働いています。その際、昔得た電気工事の知識も役立つそうです。学業に戻る理由の一つはデュアルシステムだけ終えていると就職先が限られ、キャリアアップも難しい場合があるため。あとは、若気の至りと言うか、10代で選んだ職業が大人になってしまうと魅力的でなくなることもあるかと(苦笑)。」

Q12:大学へストレートで進学する人は少ないが、就業した人が後にキャリアアップの一環として、デュアルシステムを利用して大学へ行くことはある?
「そのような統計を見たことがないので、はっきりとお答えできませんが、周りを見ていると少ない気がします。夫のようなキャリアの成功例は珍しいです。なぜなら社会人から学生に戻るのは時間(アビトゥールを取り直すなど)とやる気(アビトゥールのための勉強)とお金(親が援助してくれるとは限らないうえ、学生に戻ると自分の生活レベルが低下する)など様々な面で根性と忍耐が必要になります。日本でも一度社会人になった人が学業に戻るのは稀ですよね。」

Q13:大学を卒業していないことが、就職において不利になることはある?日本では学歴によって就職できる企業が異なり、学歴が高いほど門戸が広くなる。ドイツでは採用条件に『学歴:○○卒以上』と限定する企業が少ないということ?
「あります。募集要項に大学卒業が条件として書いてあったら、卒業していない人にとっては不利になります。しかし、ドイツの場合は専攻と職種がマッチしているかが重要になってくるので、高学歴だからといって有利なのかと言えば、そういうわけでもありません。例えば、経営学科を卒業した人でもマーケティングを中心に学んだ人が、企業の人事部に応募したところで、気に入られるかは疑問です。同じ経営学科でも人事戦略を研究した人の方が有利です。 また、日本の募集要項と違ってドイツの一般企業の募集要項には給与額が明記されていません。ドイツの企業はカバーレターに希望給与額を書くように指示することもあるので、地域・業界・職種・地位に見合った相場を知っておくことも必要になります。」

Q14:『日本の企業も取り入れたらいい』と思うドイツのユニークな就職システムは?
「ドイツでは面接で飲み物が提供されることが多いのですが、相手を落ち着かせる効果があり、親切だと思います。」

Q15:ドイツの学費無償化や、新卒制度がないことで、勉強したり働くモチベーションは下がることはない?
「大学退学者が多い理由は学費の無償化と関係しているかもしれませんね。学生だと大学がある都市の交通機関を無償、または定額で使える、健康保険料が安いなどメリットがあるので、それを利用して幽霊学生になってしまっている人もいると思います。働くモチベーションが下がったら、ドイツ人は転職すると思います。会社に貢献、というよりは自分の人生を優先する国民性なので(笑)。」

Q16:新卒採用がない=通年採用で人材の流動性が高そうだが、ドイツでは転職でキャリアを積んでいくことが当たり前?
「繰り返しになりますが、ドイツ人の6割以上は1〜5回転職するため、数年置きの転職は当たり前だと思います。ドイツ企業は大抵6か月間の試用期間を設けており、新入社員でも仕事内容やチームに問題があれば数か月で転職する人もいます(逆に試用期間内に解雇されてしまう危険性もありますが)。会社員でいること自体に嫌気がさしてしまった元同僚などは独立しています。」

Q17:ドイツで働くことを決めて一番よかった!と思えることは?
「やはり自分のやりたい仕事に就けたこと。会社の方針などに左右されず、自分の思った通りにキャリアを積めることに感謝します。もう一つは会社員だからこその利点ですが、有給休暇をきちんと取れ、日本にも3週間行ける余裕があることが故郷を離れた身としては嬉しいです。そして仕事場で女性だからといって何かしらの差別を受けたことがないこと!」

《編集後記》
ドイツのデュアルシステム、学費無償化や新卒問わない採用制度は、「自分の得意を活かせる仕事」や「自分の好きを仕事にできる」など国の未来を担う子供たちの「夢」を叶えさせることが理想とされた社会が垣間見れました。日本では黒のスーツに身を包む無個性、均一化がよしとされる新卒採用を廃止する動きはありますが、こういった制度を変えることが目的になってしまわずに、企業が、社会が、国が、若者たちに未来に明るい希望や夢を見させてあげられるのか、今後も問われていきますように。(by Mei from Dubai)

クリエイティブプロデューサーMutsumiのロサンゼルスでの活動を辛酸なめ子さんがnoteとハフポストで連載中です。そちらもよろしくおねがいします。 https://note.mu/nameko_la