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一人もいいが、二人もいい

年賀状の整理をしていて、そのうちの一枚に目が止まった。
昔、会社の同じ職場で仕事をしていた女性からのものだ。親子三人が笑顔で写った、娘さんの七五三の記念写真が載せられている。とても幸せな家庭ということが想像できる。
知的ながら、やや冷たそうな雰囲気だったその女性の顔つきは、すっかり穏やかなお母さんの表情になっている。

彼女は、当時、法律の専門家として、取引先との契約文書の法務チェックや営業部門の各種相談窓口、取締役会、株主総会の運営と、多岐にわたり活躍していた。専門家でありながらも、営業目線でのアドバイスは的確で、営業部門をはじめ社員からの信任はとても厚く、また気さくでサッパリした性格をしていた。周囲からとても好かれていて、飲み会などのお誘いも多く、よく顔を出していたようであった。

ただ、結婚に関しては、ご本人にその気がなかったのか、ただご縁がなかったのか、少し遅れていた。うっすらとした記憶ながら、37歳を過ぎていたように思う。

そんなある日、「婚活を始めました」との報告を受けた。
今であればマッチングアプリなのかもしれないが、当時はそのような便利なものはなかった。一般的には、結婚紹介所へのエントリーなどがよく利用されていたようだったが、彼女が選択したのは、「街コン」だった。

たとえ「婚活」としての成果は出なくても、お酒を飲みながらワイワイとイベントそのものを楽しめれば、その時間とかかった費用は無駄にならない、との考え方はいかにも彼女らしいと思えた。
友人と二人で、果敢にいくつかのイベントに参加していた。
あんなことがあった、こんなことがあったと話してくれる内容を聞いているととても楽しそうで、出会いが目的でなくとも、こちらまでそのイベントに参加してみたいという気分になってくる。
そう思わせる雰囲気が、彼女の話し方や表情にはあった。何事に対してもそうであったが、とにかく楽しんでいた。
「今、3人の方と良い雰囲気で進んでいます。」
手帳を見ながら、にこやかに話してくれたときには、少しびっくりして、
「まるで就活だな」とつっこんだ。しかし、そのあと、
「社風が合わないと思えばいつでも転職できる就職活動ですら、入念な企業研究をし複数社へ応募、面接を受けて、最終的に内定をいただく。
それに比べて、結婚の場合は、相手と合わないからといって転婚などできないのだから、婚活はそのくらい慎重に、幅を持たせて活動したっていいのかもな!」
と、心から応援した。自分のときは、数年つき合った果ての結婚だったので、そのような活動はしていないが、とても合理的であるし、"あり"かなと思った。

最終的に、彼女は、気の合う男性と出会い、無事に結婚した。
披露宴にも出席したが、堂々としていて包容力がありそうな、素敵な男性だった。AI関連のエンジニアで、米国のクライアントとの遠距離をネット通話で繋ぎ商談を進める切れ者とのことである。
旦那さまもまた、家庭を持つことを大切なこととは思いながら、仕事に明け暮れ、伴侶となるお相手を見つける暇が無かったということを後々聞いた。
なるべく手間をかけず、意義深い時間を楽しみつつ、そのような相手を見つけよう、といった発想が二人をしてそっくりである。ある意味、似た者同士ということなのだろう。

「普通は、知人の紹介ということにするんですけどねー。」
披露宴では、新郎新婦の幼少期からの成長の過程から、お二人の出会いまでのムービーが繰り広げられた。
その中で、「出会いは、街コンです!」と堂々と表現され、友人たちは大いに盛り上がったが、何も聞かされていなかったご両親、親類の皆さんは互いに顔を見合わせながら、微妙な雰囲気というか、ざわざわとなっていた。新婦もそのようなムービーとは知らず、まったくのサプライズだったようである。

結婚というシステムは、伝統的な慣習であることには違いないが、それ自体、そもそも色々な意味において非合理なところも多い。DVやネグレクトなどが社会問題となっているなか、今まで通りで良いのか?という疑問もあるにはある。
それでも、
「一人は自由で気軽なので良いんですけどねー。でも、二人もこれはこれで良いんですよ。」
昔の職場の仲間が集まった飲み会にて、にこやかに微笑みながら彼女が放った言葉に、とても深いものを感じ今も記憶にキチンと残っている。

そんな彼女だが、一度だけ、とんでもなく、声を掛けることもはばかれるほど落ち込み、表情もどんより暗く、仕事も手につかないという事があった。
「いったい、彼女はどうしたのだ。」
別の女性社員に聞いてみた。
「あぁー。あれは(笑)」
「ネット通販で生マッコリが安かったので箱買いしたら、思っていたより賞味期限が短かったみたいで‥‥。捨てた方がイイよって言ってるんですけどねー。」
賞味期限の迫ったマッコリを毎日一人で飲み続け、体調が不調なのだった。

一人の失敗は、二人で分けて「負担二分の一」、二人の成功は、二人で「喜び二倍」。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。