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Lapin Ange獣医師の「ネットで見たんだけど・・」 #9: トリミングサロン,結構お高いですが

このシリーズ記事を始めてから,主に,食品などによるワンちゃんの中毒について解説してきましたが,そろそろ話題を変えないと,ということで,今回はワンちゃんのトリミング,グルーミングについて。

サロンの費用対効果は適切?

トリミングサロンでシャンプー,カットなどのグルーミングをして貰うときの料金は,当然お店によって様々です。 街中の安価なお店もあれば,東京の一等地で「カリスマトリマー」と言われる(言ってる?)人に10,000円以上の指名料を払ってカットしていただくお店もあります。 メデイアへの露出が多い有名なイケメントリマーさんの手で,愛犬を美しく仕上げてもらうことで得られる満足度に相応しいと考える対価の額は,もちろん人によって異なります。 「◯万円になります」と,美容院や理髪店で家族の誰が支払う費用よりも高い額を求められて「可愛い〜! 来月もお願いします!」と喜ぶ人もあれば,「トリミング,◯千円だったよ」と奥様から言われて,「そうなんだ,すごく可愛くなったね」と懸命に笑顔を作りつつも「僕の散髪4回行けるやん・・・」と思う方もいらっしゃいます。
様々な感性にかかる満足度に対して対価を支払うことは社会の常で,「◯◯さんにカットしてもらって,うちの子が一番可愛い!」と思わせてくれるサロンで高額な料金を支払うことは,「迷惑系YouTuber」がビューやフォロワーの数に応じて莫大な報酬を得ることに比べれば,はるかに妥当でしょう。

残念ながらワンちゃんのトリミングにおいて,そのカット技術やデザインの良否について知識も感性も乏しい私が,考えたいのは,獣医学的な,ワンちゃんの健康に関するグルーミングの寄与です。

グルーミングの効果

ワンちゃんの健康管理におけるグルーミングの効果については,ネットの多くのサイトで説明されています。

  • 清潔を保つ: これは理解しやすいですね。 体表が不潔であると様々な感染症に罹患しやすくなります。 シャンプーすることでダニやノミを殺し,ブラッシングにより,被毛の中に残ったダニやノミの死骸(アレルギーの原因になります)を落とす効果もあります。 

  • 転倒などの予防: これもよく言われることですね。 足裏のパッドの間の毛が伸び過ぎると,パッドがクッションや滑り止めとしての機能を果たせず,転倒や外傷につながる可能性があります。

  • 暑さ対策: 人に比べて汗腺の機能が低いワンちゃんにとって,日本の高温多湿な夏は非常に過酷な環境です。 適切なサマーカットで涼しくしてあげるのは効果的です。 ただし,刈り過ぎは逆効果にもなり得るので,注意が必要です。

  • 皮膚の血行改善: 適切なブラッシングは,循環を促すことで皮膚の健康維持に役立ちます。

グルーミングの効果について,よく言われるのは,こんなところかと思いますが,私が「これが一番重要かもしれない」と考えるのは,「ワンちゃんの微細な変化や異常に気付く」ことです。
私たち獣医師はもちろん獣医学のプロで,一般の方が持ち合わせていない知識や技術,手段を持っており,オーナーさんの問診から得られる情報に基づき,特定の意図を持って検査を行い,診断,治療をします。 しかし,初見のワンちゃんを連れて来られて,何の情報もなしに「診てください」と言われても,外観上明らかでない,微細な変化や異常を発見するのは困難な場合が少なくありません。 毎日ワンちゃんと一緒に過ごしているオーナーさんだからこそ気付いてあげられる,微細で重要な変化は多くあり,オーナーさんの直感や印象も決して軽視できません。 ところが,そんなオーナーさんでも気付かない変化を,トリマーさんやトリマー助手の方が気付いてくれることが,よくあります。 被毛に隠れて見えない皮膚や皮下の腫瘤や結節,発疹,変色,また口腔や外陰部の所見など,全身をくまなく触るグルーミングの中で発見されるケースが多くあります。 
ヘアーカットをデザインするセンスやカットの技術はもちろん,自らをプロデュースする能力も重要で価値あるものだと思いますが,デザインセンスやカット技術が凡庸であっても,無名であっても,イケメンでなくても,ワンちゃんの身体をしっかり真剣に観察し,丁寧に触れて,微小な変化に気付いてくれる方にこそ,獣医師である私は敬意を表したいと思います。

別の観点で

ワンちゃんの健康管理にかかせないグルーミングに関して,このシリーズ記事で度々紹介しているASPCA(American Society for the Prevention of Cruelty to Animals: 米国動物虐待防止協会 )の記事がありました。

Increase Access to Dog and Cat Grooming Services to Improve Animal Health(イヌやネコのグルーミングサービスへのアクセスを増やすことが,動物の健康の改善につながる)

イヌやネコの健康を維持するためには,ブラッシング,シャンプー,爪切りなどのグルーミングが欠かせません。 グルーミングの不良により,皮膚感染症,ヘアマット(からまった毛)による首絞め,動きの制限や疼痛(密集したヘアマットや伸びすぎた爪が原因)などの深刻な状態につながることがありますが,ペットの飼い主はペットの健康を保つために必要なリソースを利用できない場合があります。 これらのペットの飼い主は、動物のネグレクトに関する法律に違反し,刑事告発の対象となる可能性があります。 すなわち,不適切なグルーミングは,ペットと飼い主の両方に重大な結果をもたらす可能性があるにもかかわらず,ペットグルーミングサービスや用品へのアクセスが,コンパニオンアニマルの健康と福祉の促進と維持に果たす役割については,ほとんど研究が行われていません。 今回の論文の目的は2つあります:(1)大規模な非営利の動物福祉団体が提供する動物に関するデータから,グルーミングやマット(毛がからまった状態)に関する問題の範囲を示すための予備的な結果を提供すること,および(2)グルーミングに関連するケアの不備の,効果的な予防と対応のための研究の呼びかけを行うことです。 私たちはニューヨーク市エリアを対象としたAmerican Society for the Prevention of Cruelty to Animals(ASPCA)の5つのプログラムからデータを後ろ向きに抽出しました。ASPCA動物病院(AAH),地域医療(CM),One ASPCA Fund,ASPCA-NYPD(ニューヨーク市警察署)パートナーシップ,およびコミュニティエンゲージメント(CE)プログラムです。 グルーミングに関連する問題の有病率は,3つの獣医サービスプログラムで比較的一貫していました(AAH:6%,CM:4%,One ASPCA Fund:6%)。 ASPCA-NYPDパートナーシップの虐待事件のうち13%は一般的な毛の絡まりの問題および/または絞窒性毛絡傷(93%は長毛犬種)でした。 CEのケースの5%は,ペットの飼い主が自宅でのグルーミング能力をサポートするためのグルーミング関連の用品を受け取りました。 私たちの調査結果は,獣医師や他のコミュニティプログラムによって提供される,動物に関連するグルーミングの問題の範囲を理解し,動物たちが健康関連のサービスにアクセスできるよう改善する必要性を強調しています。

(ASPCAのwebサイトより引用,翻訳)

日本でも,元々は善意からイヌやネコを飼育し始め,次第に劣悪な環境での多頭飼育になっていった場合や,悪質なブリーダーによる虐待事例が報道されることがありますが,上の記事で言及されているのは,社会環境や生活水準のために適切な飼育が困難な状況のようです。 食餌は十分与えていたとしても,グルーミングが適切に行われない/行えないと,深刻な状態につながり,罪に問われることになりかねないというものです。 「深刻な状態」として,毛が絡まって,首が絞まったり,脚を自由に動かせない,痛い,酷い場合には壊死を起こす状態になることが述べられています。 多くの方は「流石にそんなことにはなり得ない」と思われるかもしれませんが,人でも,母親の細くて長い髪が赤ちゃんの足の指などに絡みつくことが少なくありません。 ワンちゃん,特に長毛種において,ブラッシングなどの適切なグルーミングを行わないと,その長い毛が指に絡むことがありますが,被毛があるために発見しにくく,深刻な状態になる場合があり,愛情を注いで可愛がっているつもりなのに「ネグレクト」「虐待」になりかねません。

結論

トリミング,グルーミングによって,可愛いワンちゃんを,より美しくするのは素晴らしいことですが,何よりも,大切なワンちゃんの健康を維持・管理するための重要な要素となります。 技術と誠意のあるサロンに通うのも良い方法ですが,先ずはオーナーさん自らの,日々の世話と触れ合いを大切になさってください。 今まで見えなかったもの,気付かなかったことが見えてくるかもしれません。

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