こころのおくすり

「声のみ預かり」な声優さん

2022年4月1日。とある声優事務所が立ち上がった。ラクーンドッグ。プロ・フィットから独立する形で岡本信彦さんを代表にして、ほとんどの声優さんが移籍していった。その中には、ずっちこと石上静香さんみたいな他事務所への移籍もあったが、それはごく少数だった。
そして移籍組の中に一人、「声のみ預かり」として同じくプロ・フィットからラクーンドッグに移籍した人がいる。それが今回紹介する人、小森まなみさんだ。
名前を聞いてもほとんどの方はわからないと思う。彼女が主に活躍したのは25年ほど前のこと、声優としての活動よりラジオパーソナリティーとしての活動が中心だった。東海ラジオをキーステーションに、いろんな地方のラジオ局で彼女の番組は流れていた。3つくらい番組を掛け持ちしていたこともあったのをかすかに記憶している。

「うつ病」がなかった時代の悩み事解決

最近、と言ってもここ数年だが、ようやく精神疾患に光が当たってきた。ストレス過多、うつ病、その他両手じゃ数えきれないほどの精神病の数々。それまで薄暗いイメージがあった精神科に光が当たり、心療内科が併設されることが多くなり、うつ病を主とする精神疾患がニュースに取りざたされるようになり、うつ病はごく身近な病気となった。
25年くらい前には、そんなものはなかったと言っても過言ではなかった。中高生が精神を苦にした挙句の自殺が少しずつニュースになるくらいの時期だった。
今から思えば、うつ病、希死念慮というものは中学生の頃から俺の心の中にはあった。当時はそんな言葉などなく、単に「死にたいなぁ…」と思うだけのこと。友人はほとんどおらず、部活に行けば後輩からもいじめられる始末。「いじめ」という言葉が世間に少しずつ浸透し始めた時代だった。
外傷があれば「けがをしている」とわかるが、精神が病んだところで外から見えない傷である以上、他人がそれを見極めるのは非常に困難だ。それは今でも変わらない。ただ、当時は「心の傷」なんてほとんど誰も、それこそ家族すらも気にしてはいなかったのだ。
俺がそこからなんとか脱出できたのは、高校進学で周辺環境が変わった、ということもあったが、友人はいないまま、偶然声優さんのラジオに出会ったことがきっかけだった。そこから高校時代は、アニメ系ラジオ、いわゆる「アニラジ」に傾倒していった。精神のすがり先を、アニラジに求めたのだ。
その中で、悩み事相談を聞いてくれる声優さんの番組もいくつかあった。その中に、小森まなみさんがいた。優しい口調で、リスナーの相談に寄り添って答える。ココラジのお悩み相談室が、多分俺の知ってる中では一番近い。その魅力に、ますます傾倒していくことになったのだ。

こころのおくすり

1998年5月10日、だそうだ。ちょうど25年前になる。その小森まなみさんが一冊の書籍を出した。それが「こころのおくすり」である。小森さんが書いた詩に、写真家の人が撮った風景写真を添える、そんな一冊だ。著者紹介から彼女のことを抜粋しよう。
「医師である亡き父の影響を受け、目ざすは「心のお医者さん」。毎週ラジオの方に送られてくる何千通ものリスナーの「心」を、そっと受け止め電波で送り返すメッセンジャーである。」
「心のお医者さん」。今では心療内科医がそれにあたると思われるが、果たして25年以上前に世間でそんな概念があっただろうかと言われると、答えはNOである。彼女自身が「心のお医者さん」を目指している、と明記されていることが、その事実を伝えている。
何度彼女の言葉に助けられただろう。何度彼女の言葉で心が癒されていただろう。そして、そんな人が大勢いることが、より彼女の魅力を際立たせていたように思う。彼女の言葉に助けられた人は、かなり多いだろう。
1年半後に「こころが元気になる31のヒント」、さらにその半年後に「こころが元気になる31のヒント プラス」が刊行された。そこには彼女の言葉が31日分、そして彼女が自ら描いた絵が添えられている。その詩画は個展を開くまでになったこともある。リスナーが遠くからでも通っていたことは、想像に難くない。

病んだ心のすがり先

事務所の移籍があったように、今でも彼女はひっそりと活動を続けている。Wikiから見るに、俺は20年前にアニラジから遠ざかっていたようだ。入れ替わるようにPBWやTRPGなどにハマっていったからだろう。まぁ、そこから遠ざかり、また5年前からアニラジにハマるようになってきたのだが、もう彼女の活動を追ってはいなかった。彼女自身が俺の知らないうちにラジオから遠ざかっていったのも一つの要因かもしれない。
今のアニラジアワードに「癒しラジオ賞」があるのを知ってる人は少なくないだろう。ココラジも放送1年目で受賞した賞だ。逆を考えれば、アニラジに「癒し」を求めている人が少なくないことを示している、とも取れる。
「依存先は複数あった方がいい」そんなことをどこかのTV番組で言っていた。自分の居場所は一つでなければならない、そんなことはないと思う。今やどこの世界でもトラブルやストレスであふれている。職場に居場所がない人もいれば、家庭に居場所がない人もいる。そんな人たちは何を求めればいいのだろう。
癒しを与えてくれるのは、俯瞰的に見ればたくさんあるものだ。声優さんもそうだし、アニメもそうだ。昔と違い、アニメは大人も見るものとして認知されているし、過去のリバイバル作品が多数出ているのも、その影響の一つだろう。自分を鼓舞してくれる音楽があれば、くすっと笑える動画だって探せばいくらでもある。爽快感あふれるゲームだって山ほどある。
心が病めば病むほど、人というものは自分の中にある闇一点にしか目がいかなくなってしまいがちだと、俺は考えている。そんな自分に気が付いたなら、気分転換になる何かを探さなければならない。そうしないと闇に明かりをともすことができない。闇の中でずっと泣き続けることになる。
過去を振り返ったっていいと思う。昔の栄光にすがることの何が悪いのか。自分にとってそれがプラスに働くなら、一時的にでもすがったってかまわない。ただ、自分自身をいたわることだけは、忘れてはならないと思う。

ゆっくりで いいよ
自分の足で歩こうよ

そんな彼女の著書の中の一つの詩をもって、長ったらしい文章を終える。

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