ありさん、なんでもないこと(初稿)

ありさん、なんでもないよ

朝にベランダで聞こえてくる叫び声
動物の声だと思ったのが、どうも様子がおかしい。人間の声のように聞こえる。

羽咋が起きる

蟻子はベランダを眺めている

「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」

なんでもないままいつもの日常が始まる

朝食を食べる
簡単にトースターを焼いたもの

二人はテレビを見ながらトースターを食べる

“天気予報 今日は全国的な晴れで、一足早い猛暑日に……”

羽咋が関係ない話題を始める
「ねえ、知ってる?宇宙はビッグバンっていう大きなエネルギーの衝動から始まったっていうけれど、
 最近、そのビッグバン理論を裏付ける学術的発見があったって……」
「え?なあに?」
「ううん、なんでもない」

それはいつものことだった。
羽咋は、口を開けばいつも、自分が夢中な宇宙や都市伝説の話ばかりをしている。
天体、宇宙、宇宙人、UMA、星座、ファンタジー世界の妖怪や神話、深海生物……
そんなものばかりが、羽咋にとっての全てだった。

「じゃあ、いくね」
「うん。気をつけて」

羽咋は大学にいく
蟻子は取り残された部屋で、掃除を始める

羽咋は宇宙船のプラモデルや宇宙人のフィギュア、惑星の写真やUFOの目撃情報を集めるのが好きで、
部屋の中にはそういった羽咋のコレクションが所狭しとならんでいた。
勿論マンガやSF小説も。
それは、羽咋と蟻子が始めてであったときから、ずっとそこにあった世界だった。

蟻子は羽咋の趣味をよく理解していたし、羽咋は蟻子に何度も自分の夢を聞かせていた。
羽咋は博物館の学芸員になるのが夢で、
その夢の最終目標は、自分の大好きな、宇宙とUFOをテーマにした自分の博物館を作ることだった。

蟻子は羽咋の夢を最初は応援していたが、今は羽咋が追い求める宇宙の神秘なんてこれっぽっちも興味を持っていなかった。
羽咋は夢を語るだけ語っていたけど、その夢に対して、とりたてて何か自分から特別な行動を起こすことはなかった。
文系の大学に入って、天文学や天体観測の専門的知識はこれといって持ち合わせていなかった。
ただそれが好きで追い求めた、典型的な「天文オタク」だった。
天文オタクというより、ただの「オカルトマニア」といった方がより実態に近いかも知れない。

羽咋は、自分が得たその知識を、みんなみんな自分の世界の「宇宙論」に押し込めていた。
だから、地球上のUMAも、動植物も、神話上のお話も深海生物も、
全部、「宇宙と、宇宙が及ぼした地球」のカテゴリーのなかに含めた。
羽咋にとって、昆虫は太古の地球に宇宙から飛来した宇宙人の姿で、
深海の生物は、人類に知恵と文化をもたらした「黒幕の宇宙人」だった。
地球上の人類が生み出した全ての文化は、みな外部の宇宙人がもたらしたものだったのだ。
少なくとも羽咋の中ではそうだった。

蟻子にとって、羽咋が追い求めている宇宙の姿は、
限りなく幼稚で、科学的根拠の伴わないくだらない話に思えた。
でもだからといって、蟻子は羽咋のそうしたくだらない一面には特に触れず、
ただなんとなく羽咋と一緒の生活を暮らしていた。

蟻子は、幼稚な羽咋となんとなく一緒にいるこの生活が、特段苦にはならなかった。
蟻子は羽咋のことがなんとなく好きだった。
元々、羽咋の下に一方的に押しかけたのは蟻子のほうだったし、
羽咋も、蟻子と一緒にいる方が、なんとなく幸せだった。

別に二人に理由はいらなかった。
ただ、「幸せだ」と思える生活がそこにあるなら、それだけでよかったのだった。
二人は互いに二人のことに対して無関心になっていた。
でも、「幸せだ」と思える生活がそこにあるなら、それはなんでもないことだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?