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【5つの物語】3. えりとヨウ #2

市内のホテルにチェックインする頃にはもう日が暮れていた。部屋はフロントの好意でジュニアスイートにアップグレードされていた。これから何か良いことが起こるんじゃないか、そんな気がした。台北初日の夜はホテルの向かいにある地元の人達で賑わう小籠包の店に出かけて夕食を取り、自分の住んでいる東京の部屋より大きいバスルームでシャワーを浴びバスタブに浸かり、キングサイズのベッドでシーツに埋もれて眠りに落ちた。目が覚めたのは翌日の昼前だった。

シャワーを浴びてコーヒーを飲み目を覚ましてから、uberを呼んで故宮博物館に出かけた。そこは郊外にあって後ろに山々を従えた宮殿のような建物だった。館内はとても新しく大勢の来場者で賑わっていた。展示物を一通り見て回りながら、えりはやたらと龍が描かれたりモチーフに使われている物が多いことに気づいた。ああ、そうか、中国では龍は皇帝のシンボルだったのだ。それにしてもこれほど龍が使われるとは、中国では治水を制するものが国を制したということだろうか、何せ龍は水を司る生き物だ。そんなことを考えながら展示品を見終わると、えりはふたたびuberを呼んだ。次の行き先は市内の中心地にある龍山寺だ。また龍だわ、台湾の人はどうしてそんなに龍が好きなのだろうか、そんなことを考えながら車は繁華街を抜けて行き、やがて人混みの中で止まった。龍山寺は大変な賑わいだった。

そのお寺は龍や鳳凰の装飾が屋根や柱を飾り、色彩に溢れた建築が回の字に配置され、そこに多様な神仏と英雄が合わせて祀られていた。地元の人達が熱心に祈りを捧げている。えりのような観光客も大勢来ていた。日本のお寺や神社とは趣が違って、この地の人々の逞しさや大らかさが伝わって来た。回を描くような順路に沿ってお参りしようとまずは観音菩薩の前に立った時、前にいた小さな男の子が不意に後ろを振り向いて誰かを探すような素振りを見せた。その拍子にえりとぶつかった。

「あら、ごめんなさい。」

地元の子なのだろうか。えりの顔を見上げて何か話したようだがよく聞き取れなかった。そして後ろに家族を見つけたのだろう、すぐに駆け出して行った。その子は昔知っていた誰かに似ているような気がした。まあ気のせいだろう、だって台湾の人と日本人は瓜二つだもの。それにしても、顔つきはこんなに似ていてもお寺の様子は正反対なのは面白い。かつて一時期日本に統治された名残はあっても、やはり大陸文化の強く根付く土地なのだと実感する。人のアイデンティティはそう簡単には失われないのだ。えりは台北という街の活気とそこに生きる人々の持つ力強さを改めて感じていた。

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