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バベルの塔と歌うたい #4

紗羅は驚きのあまりしばらく声も出なかったが、その一方で不思議と合点がいくところもあり、意外にもすぐに冷静さを取り戻したつもりだった。おかしいと思ったのよねえ、映画のセットってのもピンと来ないし、拐われたって言ったって何で私がこんなところに連れて来られるんだって言うの。やっぱり天神様の下のトンネルで雷に打たれるっていう特殊な状況が何かに作用して、誰かの身体と入れ替わったってことじゃないのかな。

そこまで考えてから、自分は本当におかしくなったのだと確信して思わず笑い出してしまった。あまりに笑い続けるので、女性はとにかく水を飲ませて落ち着かせようとしている。つられた紗羅はようやく笑うことを止め、お椀に口をつけて一口その水を啜った。その水は日本で飲み慣れている水とは違って少し鉄のような味がした。そして悟った。この人達はコップで水を飲むこともないほど生活が厳しいのか。この少女はここで一体どんな暮らしをしているのだろう。これが自分の妄想が作り出している世界でなく本当に起こっていることだとしたら、これから先のサバイバルは相当な試練になる、そう、まさにサバイバルだ。紗羅は今度こそ真剣に考え始めた。さあ、これからどうする。

紗羅の中に眠っていた欲求が目覚め始めた。それは意志の疎通を図ろうとする意欲だ。頭の中でカチッと音がしてスイッチが入った気がした。それは他の誰かと繋がるためのスイッチで、そしてそれは生きるためのスイッチだった。

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